4年半に及んだ米政府と米Microsoftの反トラスト法(米独禁法)訴訟が終焉を迎えそうだ。ワシントン連邦地裁のColleen Kollar-Kotelly判事は先週金曜日,司法省と同社が昨年11月に合意に達した際に作成した和解案を大筋で認めたのだ(関連記事)。

 また同判事は,和解に反対している9つの州政府が求めていた是正措置案を却下した。これら和解拒否組については,今後控訴しても高裁で認められる可能性は小さいといわれている。Microsoft社と司法省の間では早ければ8日にも正式和解が成立する見込みだ。

 そうした中,米New York Timesのオンライン版が「Microsoft社に立ちはだかる新たなハードル」(原題:Microsoft's New Set of Hurdles)と題する記事を掲載した(掲載記事,閲覧には登録が必要)。裁判終結後の同社には次なる壁が待ちかまえているというのだ。それはLinuxをはじめとするオープン・ソース勢力のことである。

 IT Pro「US NEWS FLASH」でも,それを裏付けるようなニュースを数多くお伝えしている。そこで今回は,この独禁法訴訟が終結に向かった背景とこれらのニュースを照らし合わせながら,この記事の内容を確認したいと思う。

■消えてしまったIEのバンドル問題

 司法省との和解によりMicrosoft社は今後,コンピュータ・メーカーによるMicrosoft社製品と競合製品の同時提供を認めることになる。また,以前行っていたコンピュータ・メーカーやソフトウエア開発者などに対する報復措置もできなくなるなど,同社にとっての痛手(?)も小さくない。

 とは言っても,これで同社の経営を揺るがす危機は避けられたことになる。もちろん,かつての是正命令にあった「会社2分割」という最悪の事態も回避できたわけだ。米メディアの記事を読んでいくと,同社が現在抱える60以上の民事訴訟でも今回の結果が有利に働くと考えられていることが分かる(掲載記事)。「米政府との訴訟における勝者はまさにMicrosoft社だった」(米Gartnerインターネット・サービス部門担当副社長のDavid M. Smith氏)と言えるようだ。

 思えば,この独禁法訴訟の発端はWindowsの独占的地位を利用した数々の「悪しき」商慣行だった。その代表的なものに「WindowsとIE(Internet Explorer)の抱き合わせ」があった。Microsoft社はWindowsにIEをバンドルし,それを無償提供する戦略で当時85%あったと言われていたNetscape Communications社製ブラウザ・ソフトのシェアを奪った。

 こうした行為を中止させるべく,司法省と米国の20州がWindows 98のリリースを目前にした98年5月,同社を提訴した。当時の要求内容の中には「Netscape Communications社などの競合ソフトウエアをWindows 98に搭載すること。搭載しないのであればIEを削除せよ」というものがあった。

 しかし,それから3年半が過ぎた昨年11月,司法省とMicrosoft社がまとめた前述の和解案ではこのことは事実上消えてしまったのだ(関連記事)。

■技術の分散化と低価格化が,独占構造を崩す

 その理由は,インターネットの急速な普及にあると言われている。これに関連することを,日本経済新聞が昨年6月30日に掲載した記事で次のように解説している。

 「裁判が始まった当時はパソコンは情報機器の中心的存在だった。その技術の根幹を握るのがMicrosoft社で,司法省は同社がOSを核にネットやメディア,コンテンツなど次世代の有力産業を次々と支配することを恐れた。

 ところが現実には裁判の進行を超えるスピードでネットが普及し,携帯電話や携帯情報端末(PDA)などのモバイル機器,コンピューターと家電を融合した情報家電が登場するなどネット環境は変化してきた」――

 つまり米国のネット接続環境において脱パソコンの動きが現れ,それが急速に加速すると考えられたのだ。これに伴い,かつて次世代情報産業の根幹を握る重要技術と考えられていたWindows,そして同OSと密接に結合されたIEは,もはやそれほど恐れるに足らない存在となったというわけである。

 同様の見解はNew York Timesの記事にも示されている。インターネットの普及によって,特定の企業が単独で市場を独占しにくい構造が生まれたというのだ。また記事では,インターネットは技術の分散化と低価格化ももたらした,とも説明している。

 それを象徴するのが,Linuxであり,そうしたオープン・ソースの勢力と今回の和解措置の2つが,じりじりとMicrosoft社を苦しめるている,と記事は指摘している。

■見えない競争相手にかつての方法で攻められる

 Linuxは,世界中のプログラマが日々,ボランティア・ベースで開発を行っており,それらは無償で提供されている。また,その背景にはなんら特定の企業は存在しない。Linuxは業界全体で支持されているからだ。つまりMicrosoft社にとってLinuxとは実体の見えない競争相手であり,かつてブラウザ戦争でNetscape Communications社を打ち負かしたように,単に1社を落とせば解決できるというものではないのである。

 Microsoft社は今回の和解に伴った是正措置により十八番を失ったとも言われている。これまで同社がとってきた方法,つまりライバル企業やパートナ企業に報復措置をとることができなくなってしまったからだ。

 これに輪をかけて同社に不利に働くのが低価格化の波である。Microsoft社はかつて「我が社の製品は他より安い」とアピールすることでパソコン市場を席巻していった。しかし皮肉にも,Linuxはこれと同じ方法で同社に攻めよっているのだ。

■サーバー市場におけるライバル企業が最大の脅威

 これらを裏付ける「US NEWS FLASH」の関連記事を見てみよう。代表的なのは,米IBMのLinux事業。そして米Red HatやドイツSuSEといった大手ディストリビュータとの協力体制である(関連記事)。とりわけIBM社は企業顧客へのLinux導入に大規模に取り組んでおり,この分野においてMicrosoft社の脅威となっている。

 サーバー分野でのLinuxの市場シェアは15%~20%と言われており,今後はさらに拡大すると見込まれる。ドイツやフランス,中国をはじめとする20カ国の政府機関がLinuxの導入を進めるなど,世界的にみてもLinuxが台頭しているのが分かる。つい最近のニュースでも中国で急速に普及する兆しが現れているということだ(関連記事

 Microsoft社にとってサーバー市場の競合企業は最も脅威となる存在。そのため,Colleen Kollar-Kotelly判事は今回の裁定で,Microsoft社にサーバー市場の競合企業に対し,より詳細に技術情報を開示するよう命じている。これはLinux分野で公正に競争させることを狙ったもの。この分野でNetscape社とのブラウザ戦争のようなことが再び起こってはならないというのである。

■デスクトップ分野では「低価格化」が最大の敵

 低価格化の波は,とりわけデスクトップ分野において同社を苦しめる要因となっている。例えば「顧客にかかるコストがWindowsパソコンの1/3以下」という米Sun MicrosystemsのLinuxパソコン(関連記事),そして米Wal-Martで販売している199ドルと超低価格の「LindowsOS」搭載パソコン(関連記事)などがある。

 「我々はパソコンをここまで安くした。しかし,これが一般にハードウエアが向かっている方向」と説明するのは米Lindows.com,CEOのMichael Robertson氏。そして「最後の難関はMicrosoft社のソフトウエアだけ」(同氏)という。

 また「Outlook」のクローンと言われるLinux向けスケジュール管理ソフト「Evolution」(関連記事)を手がける米XimianのCEO,David Patrick氏は「Microsoft社製品のライセンス料に対する顧客の不満が募っている。しかし,そのことが我々の最大のマーケティング・ツールになっている」とコメントしている。

 Linuxの生みの親,Linus Torvalds氏によると,こうしたトレンドが広がることによってMicrosoft社の“独占製品”に対抗するチャンスがもたらされるのだという。「私はデスクトップ分野におけるLinuxの普及を信じている。Windows離れは企業市場を通して起こる。Windowsのメンテナンスやライセンスにかかるコストが企業を圧迫しており,企業はそれに気づき出す」(同氏)

 Microsoft社は既存市場に後から参入し,その勢力図をひっくり返してしまうのがお得意の企業である。もちろん,先行企業の製品より安い価格で乗り込むわけだが,今度は逆にこの方法で同社が攻められている。自らが行ってきた手法だけにMicrosoft社はその恐ろしさを十分熟知している。しかも相手は特定の企業1社だけではない。

 「巨人の足下に大量のアリが群がり,それがじりじりと上へはい上がっていく」――。New York Timesの記事を読んでいると,どうしてもこんな絵を思い浮かべてしまうのである。

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