先週から今週にかけて連日,米メディアを賑わしている話題がある。米Microsoftが新たに立ち上げたインターネット・サービス「MSN 8」だ。同社は24日にニューヨークのセントラル・パークで大規模なカウントダウン・イベントを開催した。ここに米Walt Disney会長兼CEOであるMichael Eisner氏を招き,両社が共同開発した会員向け新サービスも発表したのだ(関連記事)。

 かつて打倒米AOL(America Online)を目指していたMSNだが,なかなか思うようにいかず,同社は幾度となく挫折を経験してきた。これまで「広くあまねく」を掲げて展開してきたMSNサービスだが,ここにきて打ち出した策は「有料化」「会員限定」である。今度はAOL社と同じビジネス・モデルを採り,真っ向からAOLに挑もうというわけだ。今回はこうしたMSNの最新戦略についてレポートする。

■日本とは大きく異なる米国のMSN

 まず始めに,このMSNサービスの概要について簡単に説明する必要があると思う。日本では同様のサービスが提供されておらず,いま一つピンと来ないからだ。また,同社は同名のポータル・サイト(MSN.com)も運営しており,こちらとの関係も分かりづらい。

 それもそのはず,米国ではこのポータル・サイトと,オンライン・サービス,インターネット接続サービスを一体化したサービスを提供しているからだ。つまりMSNとは,これらを統合した包括的なサービスの総称なのだ (注1)

 もう少し詳しく見てみよう。そもそもMSNはAOL社と同様のGUIベースのパソコン通信サービスとして始まったのだが,後にインターネット接続サービスとして展開していった。しかし,その主軸はあくまでもWindowsユーザーにネット接続を提供することにあった。そして,そのユーザーに対しインターネットの“玄関口”を用意した。これがMSN.comだった。つまりMSN.comは接続サービスを使っている有料会員専用のWebサイトだったのだ。

注1:日本ではインターネット接続サービスの会員数が伸び悩んだことから,2000年7月に同事業をNTTグループのぷららネットワークスに移管している。その一方でぷららのポータル事業をMSNに統合した。このポータル事業はマイクロソフトが継続して運営している。つまり日本ではポータル/オンライン・サービスとインターネット接続サービスとの間に明確な区分がある。

■インターネットの普及とともに方向転換

 しかし,インターネットが広く普及してくるとMicrosoft社は方向転換に出た。MSN.comを一般にも公開するようにしたのだ。これに伴いコンテンツの拡充にも力を注いだ。折しも当時は無料オンライン・サービス全盛の時代。「我が社の接続サービス会員以外のユーザーでも利用できる」(同社)を宣伝文句に,このサービスを多くのユーザーに無料で提供した。

 そして,2001年10月には専用ブラウザ・ソフト「MSN Explorer」の提供を始めた。これは,同社が「オールインワン・ソフト」と呼ぶ統合型のインターネット・サービス・クライアント。Web閲覧,インスタント・メッセージング,Hotmailやニュース,ショッピングといったポータル上のサービスに容易にアクセスできるようにしたソフトである。

 もちろん,このMSN Explorerは自社接続サービス会員のためのクライアント・ソフトだったのが,むしろ一般ユーザー向けといった意味合いの方が強かったように思う。ポータルにさまざまな機能を盛り込み,それらに簡単にアクセスできる専用ソフトを提供する。こうすることで,MSNは「インターネットに接続している環境であれば,誰でも無料で使える統合サービス」となったのである。

■MSN 8で原点に立ち返り,完全有料に

 ところが,今回のMSN 8では再び大きく方向転換する。MSN 8を完全に有料化したのだ。自社インターネット接続サービスの会員に対しては,これまで通りの据え置き料金とし,他のインターネット接続サービスのユーザーに対しては初めて料金を徴収することにした(関連記事)。

 有料化と言えば,ちょうど米Apple Computerがそれまで無料だったオンライン・サービス「iTools」を「.Mac」として有料化したばかり(関連記事)。米Yahoo!もここ1~2年で各種サービスを続々と有料化している。Microsoft社も昨今の有料化ブームに乗った恰好である。

 ちなみに,MSNの有料サービスへの移行を促進するインセンティブは次のようなものになっている。

 旧版「MSN 7」を無料で使っていたユーザーはこれまでのサービスをそのまま使える。しかし「親による子供のインターネット利用監視機能」や「迷惑メール遮断機能」といった新たな機能/サービスを使いたければ有料のMSN 8に移行しなければならない。また,MSN 8の会員はこれまで別料金で提供されていたサービスを追加料金なして利用できる。

 こうしたサービス内容は,AOL社のそれを強く意識したものになっている。利用料金についても同じことが言える。例えば,AOLには,他のインターネット接続サービスを利用するユーザー向けのサービス「Bring Your Own Access」があるが,その月額料金は14.95ドルとなっている。MSNの同様のサービス「MSN 8 Software Only」ではこれが9.95ドル/月になっている。

■インターネット・サービスに本格参入したが・・・

 Microsoft社はMSN 8の開発に5億ドルをかけるだけでなく,キャンペーン費に3億ドルとかつてない巨額を投じる(関連記事)。来年の半ばにかけて,テレビCMや新聞広告を大々的に打つという。また,AOL社のように無料CD-ROMを大量に全米規模で配布していく計画である。

 
図1 全世界におけるMSNとAOLの会員数。

 これは,同社がインターネット・サービスのビジネスに本格参入したことを明確に示したメッセージと受け取れる。「MSNはもはやインターネット・アクセスだけのサービスでもなければ,単なるクライアント・ソフトでもない。本格的な有料インターネット・サービスに生まれ変わった」というわけである。

 その一方で厳しい現実もある。MSNの有料会員数はいまだ900万人なのだ。AOLの現在の有料会員数3530万人と比べるとその差は大きい(図1)。また,AOL社も今月,最新版「AOL 8.0」の配布を始めている(関連記事)。さらにAOL社はポップアップ広告を廃止するという顧客満足度向上計画も発表している。こうしてみると「はたしてこの勝負,MSNに勝ち目はあるのだろうか」という疑問が出てくる。Microsoft社には何か秘策があるのだろうか?


■鍵は「これからのブロードバンドの普及」

 Microsoft社は秘策の鍵をすでに手にしているようだ。同社はシェア拡大の突破口は「これからのブロードバンドの普及」にあると見ている。ご存じの通り,米国の一般家庭におけるブロードバンド接続の普及率はまだまだ低い(関連記事)のだが,近い将来はDSLなどの普及によってダイヤルアップ接続のユーザー数は減少することが予想されている。

 AOLの現在のユーザーはその大半がダイヤルアップ接続である。AOL社の場合,通信事業者からダイヤルアップ回線を安く仕入れて,それとオンライン・サービスをセットにして会員に提供しており,高い利益率を確保している。ところが,ブロードバンド回線では回線の仕入れ値が高いため,ダイヤルアップ接続の場合のような高い利益率を確保できない。このため,現在のダイヤルアップ回線の会員が,みんなブロードバンド回線にシフトすると,AOL社の利益は大幅に減ってしまう。その場合,AOL社が現在の利益を確保するためには,ブロードバンド回線を安く仕入れるか,サービス料金を値上げするしかない。

■「DSL事業者との特別な関係が我が社の強み」

 ここがMicrosoft社の付け入る隙である。ブロードバンド回線をAOL社より安く仕入れて,低料金でサービスを提供し,AOL社のシェアを奪うのだ。だが,AOL社ができないことをどうやってMicrosoft社が実現するのか。

 「我が社が米Qwest Communicationsや米Verizon Communicationsと締結した深い関係の取引が決め手となる」とMicrosoft社MSN部門副社長のYusuf Mehdi氏は秘策の鍵を明かす。提携相手の両社とも米国の大手通信事業者であり,ブロードバンド接続サービスも提供している。

 つまりMicrosoft社はこれら通信事業者との親密な関係により,他より安くブロードバンド回線を仕入れるわけである。「こうした関係なくして,我々は(AOL社より安い料金で)利益を出すことができないし,会員数を増やすこともできない」(同氏)(注2)

注2:Microsoft社は,Qwest社と包括提携しており,すでにQwest社のインフラを使ってサービスを提供している。またVerizon社とも今年6月に同様の契約を締結した。来年はじめにもMSN 8とVerizon社のDSL接続サービスを組み合わたサービスを提供することになっている。

 Mehdi氏によれば,AOL社はこの点で遅れをとっており,Microsoft社の方が圧倒的に有利なのだという。「このVerizon社との提携の意味は大きい。これによってMicrosoft社は米国のDSL市場の50%に食い込める。このVerizon社との共同サービスが始まった時こそ,驚くべき数値が出てくる」(同氏)

 また,ダイヤルアップ接続離れの兆候が表れているのか,AOL社の新規会員の増加率が伸び悩んでいるというニュースも報じられている。それによると7~9月期のAOL社の新規加入者数は20万人で,前年同期の130万人から大幅に落ち込んだという(掲載記事)。

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 こうした記事を読んでいると,「もしかしたら,Microsoftの言うことはあながち間違いではない」という気にもなってくる。筆者は普段からアンチ・Microsoftの発言が多いのだが,このインターネット・サービスに限っては少しばかり同社の肩を持ちたくなる心境だ。しかし,WindowsのようにMicrosoft社がシェアのほとんどを握ってしまうのも困る。やはり市場は複数の企業が拮抗(きっこう)した状態で競争していた方がよいだろう。