衛星を使って音楽やニュースなどのラジオ番組を提供する放送サービス「衛星ラジオ」をご存じだろうか? 米国では昨年の9月にサービスが始まっており,今,利用者数が急増しているという。

  ●図1 倍ゲームで増える米国の衛星ラジオXM Satellite Radioの加入者

出典:米XM Satellite Radio。2002年Q4の数値は同社の予測・目標値

 つい最近では大手事業者の米XM Satellite Radioが,自社サービスの加入者が今年第3四半期末でついに20万人を突破した,と発表したばかりだ。同社の加入者数は昨年第4四半期末で3万人に達し,その後,7万6000人,13万6500人,20万1500人と,四半期ごとにほぼ倍のペースで増加してきた(図1)。同社では,今年末には35万人になると見込んでおり,今は加入者のさらなる増大に向けて全力をあげて取り組んでいるという。

 衛星ラジオの最大のメリットは,電波の届く範囲が広大なこと。長距離のドライブをしていても,行く先々の地域でいちいち自分好みのラジオ局を探さなくてすむ。出発地からずっと同じ放送を聴き続けられるのだ。まさに国土が広い米国ならではのサービスだ。またCD並みの高音質も大きな魅力となっている。

 衛星ラジオは日本ではまだまだなじみが薄いのだが,少し調べてみただけでも興味深い点が多々見つかった。例えば,そのビジネス・モデル一つとってもみても,これまでのFM/AMラジオとは大きく違う。今回は今,米国で大変話題になっているこの衛星ラジオについてレポートしてみたい。

■5基の衛星と地上中継機で米国本土全域をカバー

 衛星ラジオは「デジタル衛星ラジオ」,時には単に「デジタル・ラジオ」と呼ばれることもあるが,米国での正式名称は「SDARS(衛星デジタル・オーディオ・ラジオ・サービス)」である。1997年3月にFCC(連邦通信委員会)がその事業権の競売を行い,翌4月に米Sirius Satellite Radio(当時は米CD Radio)と前述のXM社(当時はAmerican Mobile Radio)が総額1億7320万ドルで落札した。

 SDARSの使用周波数帯域は2320~2345MHzで,このうちSirius社が2320~2332.5MHzを,XM社が2332.5~2345MHzを割り当てられている(FCCの公開資料)。両社は合計5基の衛星(Sirius社は3基の楕円軌道衛星,XM社は2基の静止衛星)を打ち上げており,地上の放送センターからの放送信号をパラボラ・アンテナを介してこれらの衛星に送っている。

 両社ともDAB(Digital Audio Broadcasting) と呼ばれる移動体向けデジタル・オーディオ放送方式を採用しており,CD並みの音声品質で再生できる。米国本土全域に衛星放送波を使って流しているが,都会のビルの谷間など,衛星放送波が届かない場所には,リピータと呼ぶ地上中継機を設置し,信号を補強している。これによって地上の利用者は全米のどこに行っても途切れのない放送を楽しめるというわけだ。

■ケーブルTVのビジネス・モデルを踏襲

 衛星ラジオは既存の民間FM/AMラジオ局のように,コマーシャル収入主体によるビジネス・モデルはとっていない。ケーブルTVのように利用者に月額使用料を徴収するという有料サービスなのだ(利用料金は月額10ドル程度となっている)。

 また,提供するチャンネルが100チャンネル超と多数あること,AP,CNN,Bloomberg,USA TODAYなど,大手の事業者からニュースやドキュメンタリー番組の供給を受けており,多彩な番組を提供していることもケーブルTVに似ている。

 コマーシャルが極めて少ないのも有料放送ならではの特徴だ(Sirius社の60の音楽チャンネルではコマーシャルが一切ない)。つまり利用者は車を運転しながら,ほとんどコマーシャルなしで好みのジャンルの音楽をずっと聴いていられるというわけだ。XM社が「我が社の月額料金は9.99ドルで音楽CDより安くてお得」と宣伝しているのはこうした理由からである。

 なお,これらの番組はインターネットでも聴くことができる。Sirius社ではすべての音楽番組を衛星ラジオと同じ内容で同社のWebサイト(http://www.siriusradio.com/)でストリーミング放送している。XM社の場合も同様だが,こちらはあくまでもサンプルで短縮版となっている。同社Webサイト(http://www.xmradio.com/)で聴ける。

■ターゲットはやはり自動車利用者

 衛星ラジオは移動体向けデジタル・オーディオ放送ということから,両社の主要ターゲットは当然,自動車のユーザーである。すでにソニー,アルパイン,パイオニアといったカー・オーディオ機器メーカーと提携し,これらのメーカーによる衛星ラジオ・チューナーが出荷されている。消費者はこれらをカー用品店や家電量販店で購入して自分の車に取り付けて利用する。

 また両社は自動車メーカーと提携し,新車購入時のハードウエア提供も積極的に行っている。例えばXM社は,米GM(General Motors),米American Honda Motor,米Nissan North Americaなどと提携している。GM社との提携では,XM社向けチューナーを,乗用車とトラックの25車種,40万台に対しオプションとして提供するという。XM社によれば,GM社は今後2年以内に全車種でXM社向けチューナーをオプションとして提供する計画を立てているという。

 さらに,XM社は9月末に自動車部品の大手米Delphiと開発した携帯型チューナー「Delphi XM SKYFi Radio」(129.99ドル)を発表している。同チューナーはバッテリで動作するのだが,電源アダプタやカセット・アダプタ,専用スタンドなどをパッケージ化したキット「SKYFi Vehicle Adaptor Kit」「SKYFi Home Adaptor Kit」(ともに69.99ドル)を買えば,車の中に加えて家の中などでもラジオ番組を長時間,容易に楽しめるということだ(発表資料)。

■非常に高い採算分岐点

 「自動車メーカーやカー・オーディオ機器メーカーからの協力も得た」「XM社では加入者数を四半期ごとに倍増させ,今年中には35万人のユーザーを抱えようとしている」「衛星ラジオは国土が広く長距離移動者が多い米国にはうってつけのサービスでもある」――こうして見てみると,両社の出足は好調で,まさに順風満帆のようにも見える。しかし,細かくいろいろ調べてみると実はそうでもないことが分かる。

 例えば,XM社は先ごろ米証券取引委員会(SEC)に提出した資料で,来年3月までに資金が底をつく可能性があると述べている。Sirius社も来年半ばまでに3億ドルの資金調達が必要という(掲載記事)。衛星ラジオは放送免許,衛星,地上中継設備などの初期費用が大きくかかっているため,採算分岐点が非常に高くなっている。両社ともに加入者が400万人を超えないと利益が出ないという。

 このことを考えると,Sirius社の加入者数がXM社ほど伸びていないことが非常に気になる。同社は今年2月に4地域でサービスを立ち上げ,その後7月に全米でサービスを始めたのだが,その加入者数はというと,3月末で412人,6月末で3347人,9月末で8000人と少ない。XM社が全米展開後約2カ月で3万人獲得しているのに対し,Sirius社の場合は同じ期間でわずか8000人なのだ。

 衛星ラジオを巡ってはこれ以外にも,さまざまな問題が取り沙汰されている,例えば,「衛星ラジオが802.11b無線LANから電波妨害を受けるという問題」(掲載記事)「リピーター(地上中継機)により,携帯電話の電波が妨害を受けるという問題」(掲載記事)「衛星の太陽電池の性能が落ちており,これにより衛星が当初の見込みよりも長持ちしないのではないかという懸念」(掲載記事)などである。ただでさえ,採算がとれるまでの年月が長い上に,こうした予想外の事態で費用がかさむと,会社がそれまで持ちこたえられるのか,と考えてしまうのである。

■10年後の2012年には4900万加入者?

  ●図2 米国と日本の自動車保有台数の推移

出典:商務省(米国)および運輸省(日本)

 話が少しネガティブになって来たので,最後にポジティブな話題で締めくくりたい。米国における現在の自動車保有台数は実に2億1000万台以上で,日本の自動車保有台数7300万台の3倍近くになっている。これだけ見ても米国には巨大な市場が広がっていることが分かる(図2)。

 また,年間の新車販売台数は約1700万台,カー・ラジオの販売台数は2900万台ということだ。その内訳は新車購入時に付けるカー・ラジオが1700万台,新車購入後付けるカー・ラジオが1100万台,同CDチェンジャ付きカー・ラジオが120万台となっている。ここでも両社がターゲットを自動車業界に向けた理由がよく分かる。

 米国人に関するデータもいろいろ出ている。例えば,米国人は,自分の自動車の中で1日当たり平均2時間半を過ごしているそうだ。通勤・通学で自動車を利用している米国人は1億1500万人いて,このうち片道45分以上かけている人が3400万人いるという。またトラック輸送のドライバーは300万人,その中で長距離ドライバーは110万人。RV車の登録台数は900万台で,そのうち200万台が常にどこかの路上で走っているという。

 こうしてみると,米国ではいかに多くの人が,日々,車と長時間付き合っているのが分かる。衛星ラジオはこうした人たちに,コマーシャルの少ない,全米のどこでも途切れのなく楽しめる,高音質の放送を初めて提供しているということになる。はたして米国人は,月額10ドルのサービス料金,数百ドルのハードウエアというその対価を受け入れるのだろうか。

 XM社では,同社が採算分岐点である400万人の加入者を獲得するのは5年後の2007年になると見ている。また10年後の2012年には2社を合わせた加入者数が4900万人になると予想しているそうだ。これはその時点の米国の人口の17%程度ということになる。あなたはこの数字を妥当と思えるだろうか?