米国でISP(Internet Service Provider)の“御三家”,あちら風に言えば“ビック・スリー”は,PSINet社,UUNet Technologies社,そしてBBN社だった。そのPSI Net社は昨年6月に破綻(関連記事)。UUNet社は親会社,米WorldComとともにこの7月21日,破産申請するに至った(関連記事)。WorldComによる史上最大の倒産劇の衝撃も冷めやらぬ中,今度は残る1社の旧BBN社,現在の米Genuityが危機に瀕しているというニュースが飛び込んできた。

 BBNは1969年に国防総省が構築したパケット交換網「ARPANET」の開発に大きく寄与した企業。このARPANETで育った技術がベースとなって現在のインターネットに発展していった,という話はあまりにも有名である。このようにインターネットの創生期から携わってきた同社は「由緒ある通信サービス事業者」とも呼ばれていた。その同社までもが破綻の瀬戸際まで追いつめられているという。今回は同社の現状をレポートするとともに,そうした状況に陥った要因についても考えてみたい。

■巨大通信企業に翻弄された波瀾万丈の歴史

 今回の旧BBN社,現Genuity社の問題は,その親会社の立場にある米Verizon Communicationsが先週水曜日,同社に対し「我社に再統合する意向はない」と伝えたことで急浮上した。

 Verizon社とGenuity社のこれまでの経緯から投資家や業界関係者は,「(Verizon社は)いずれ,当然にGenuity社を再統合するのだろう」とみていた。しかし同社はこの日Genuity社に対し,Genuity社の経営権を握れる権利を放棄したこと,これ以上Genuity社に融資を行わないことをきっぱりと告げたのである(発表資料)。その結果,Genuity社は今,債務不履行に陥っている。「あと数カ月うちにも連邦破産法の適用申請を余儀なくされるのではないか」,という観測が流れているのである。

 ここに至るまでの両者の関係を理解するために,Genuity社の成り立ちを振り返ってみよう。これまで説明したようにGenuity社の前身はBBN社(Bolt Beranek and Newman Inc.)である。同社は1953年にマサチューセッツで設立された会社で,ARPANETのコア・ゲートウエイの開発と保守に携わった。研究開発,ソリューション/コンサルティングといったサービスを政府機関などに提供し,インターネットの開発と発展に多大な貢献をするが,97年に長距離通信事業者の米GTEに買収された。このときBBN社とGTE社のISP事業を統合する形で新会社が誕生した。これがGTE社の100%子会社「GTE Internetworking Incorporated」だったのである。

 同社の運命が大きく変わるのはこのころからだ。翌年の98年にGTE社は地域通信事業者大手の米Bell Atlanticとの合併計画を発表した。2社は2000年にこの合併を成功させ,「Verizon Communications Inc.」となるのだが,その際にFCC(連邦通信委員会)は合併承認の条件として,このGTE Internetworking社のスピンオフを要求した。

 なぜならそこには米国通信事業の規制があったからである。96年に施行された電気通信法(米国通信改革法)では,Bell Atlantic社などの「旧AT&Tから分離・分割したベル系地域通信事業者(「ILEC」と呼ばれる)が長距離通信サービス事業を行うためには,営業区域内での地域通信市場を競争相手に開放しなければならない」と定めている。ISP事業は長距離通信と位置付けられるため,「2社の合併に際してはGTE Internetworking社の切り離しが必要」とFCCが判断したのである。具体的には,FCCはGTE Internetworking社の全株式のうち90.5%を売却するよう要求した。

 その後GTE Internetworking社は社名を現在の「Genuity Inc.」に変更,その株式は一般に公開された。こうしてVerizon社とGenuity社が誕生したのである。

■Verizon社はなぜ選択権を行使しなかったのか?

 ところがこのときVerizon社は,Genuity社を手放すことと引き替えに,「将来Genuity社の経営権を再び握れる」という権利を得ていた。これは,「旧Bell Atlantic社の営業地域(13州と首都ワシントン)で地域通信市場を開放すれば,Genuity社の経営に必要となる株式を再び取得できる」という“選択権”である。当時のVerizon社は,数年のうちにもこの選択権を行使すると考えていたようである。

 この選択権の期限は2005年の6月30日。Verizon社は今年2月末時点ですでに,旧Bell Atlantic社の営業地域内で,全回線数の56%を開放している。またGenuity社は着実に拡大を続けており,Verizon社にとっては魅力的な存在である(97年に1億8300万ドルだったGenuity社の売上高は昨年には12億ドルまでに増大している)。こうした背景から多くの投資家はこれまで「(Verizon社は)まもなく選択権を行使するのではないか」と考えていた。

 ところが大きな障壁が一つあった。Genuity社の財政事情である。97年に1億7000万ドルだった同社の赤字額はその後,4億7000万ドル(98年),6億5000万ドル(99年),9億5000万ドル(00年)と増え,昨年には40億ドルにまでなっている。これに加え同社は30億ドルの負債を抱えているのである。

 Verizon社がもし選択権を行使し,Genuity社を傘下に収めるならば,当然こうした業績も連結計上しなければならない。Verizon社自身の業績も芳しくない(注1)。こうした状況が,投資家の神経を過敏にし,Verizon社に今回の決定をさせたのではないか,と言われている。

注1:Verizon社の今年第1四半期決算の純損失は5億ドル。前年同期の純利益16億ドルから大幅な赤字に転落した(発表資料)。この原稿を書いているたった今,同社の第2四半期決算が発表された。こちらは,純損失21億ドルとなった。前年同期の純損失10億ドルから赤字額が拡大している(発表資料)。

■インターネット需要が増大し続けることが前提だった

 なぜGenuity社の負債はここまで膨らんでしまったのだろうか? 手元に同社の2001年版アニュアル・レポートがあるのだが,それを見てみると,同社の営業支出のなかで多くを占めているのが販売費用ということが分かる。これにはネットワーク・インフラの運用費用,通信回線のリース費用などが含まれているのだが,同社の場合この販売費用が98年~01年の期間,いずれも売上高を上回っている。

 同社は「Tier1」(ティア1)と呼ばれる,超大手という部類に属するプロバイダである。つまり,インターネットのバックボーン(基幹網)プロバイダである。ISPというとユーザーをインターネットへ接続する,我々にも身近な事業者を思い浮かべるが,バックボーン事業者の事業はそれとは大きく異なる。彼らは都市や国,大洋をまたがる光ファイバ・ネットワークを構築・運用(あるいはIRUと呼ぶ回線使用権を購入)し,それを他のISPや企業に貸し出すことで売上をあげる卸売り業者なのである。

 Genuity社の場合は,これに加え,ホスティング,VoIP,セキュリティ,VPNといったサービスも展開し,「ほとんどすべてのインターネット関連サービスを手がけている」(同社)。このことは,設備投資にかかる支出も巨額になることを意味している。

 前述のアニュアル・レポートを見ると,Genuity社ではこうした設備投資額が97年から2000年のあいだで毎年増大しているのが分かる(この期間の設備投資額はいずれも売上高を上回っている)。

 同社はこうした資金を主に借入金でまかなっていた。つまり,借入金でネットワーク・インフラを構築・運用し,それを他社に貸すことによって売上を立て返済していく,というビジネス・モデルだったのである。これは他のインターネット関連ビジネス・モデルと同様に,インターネットの需要が増大し続けることを前提にしたものだった。そして,それはやがて行き詰まりを迎えることになる。

 その引き金は,2000年はじめに起こったITバブルの崩壊である。バブル崩壊により,ドット・コム企業が倒産,IT支出が減少し,インターネット需要も減少した。これにより光ファイバ網は供給過剰に陥った(関連資料)。さらにバブル時代に生まれた過当競争も加わって,通信料金は急落した。こうしてGenuity社の負債額は膨らんでいったのである。

■新たな融資について銀行団と協議中

 最後にGenuity社のここ1~2週間の動きを見てみよう。Verizon社が選択権の放棄をGenuity社に告げたのは7月24日の夕方だが,Genuity社はその2日前の22日に,2億ドルの信用枠を受けている銀行団に対し,残りの融資額である8億5000万ドルを要求している。ところがこのうちの1行であるDeutsche Bankが融資を断った。このため今回借入れできたのは7億2300万ドルとなった。Genuity社はその後,Deutsche Bankのこの行為が契約の不履行にあたるとして,同行に対し法的措置を取っている(発表資料)。

 Genuity社が今回の融資要求を非常に急いでいた,ということも明らかになっている。New York Timesのオンライン版によると,同社は22日朝に借入申し込みを行って,その日の昼までに現金を受け取れるよう要求したという。このことから,「Genuity社はVerizon社の今回の決定内容をあらかじめ察知してたのではないか」,という憶測が流れている(掲載記事)。

 なおGenuity社は現在,銀行団(Deutsche Bankを除く8行)と新たな融資について協議している最中である。また同社は現在12億ドルの現金を保有しており,これによって「業務を滞りなく継続していく」と説明している。

 さらに同社は,Verizon社の副会長のMichael Masin氏がGenuity社の取締役会を退いたこと(発表資料),8月1日に予定していた第2四半期決算の発表を延期することも明らかにしている(発表資料)。

 このようにGenuity社をめぐる動きは緊迫の度合いを増している。果たして元祖ISP御三家,最後の生き残りは活動を続けていくことができるのか。今後も同社の周囲から目が離せない。


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