“EIP”という用語をご存じだろうか? EIP(Enterprise Information Portal)とは一言でいえば,「社員向けのマイ・ポータル」のことである。ひところは「BtoE(企業-従業員間)ポータル」と呼ばれていたこともあったが,今ではこのEIPの方が一般的になっている。EIPは日本では「企業情報ポータル」と直訳されているが,これを縮めて「企業ポータル」と呼ぶことも多い。
世界で企業向けソフトウエアの売り上げ低迷が続いているなか,今,このEIPソフトの売り上げが急増しているという。「従業員の生産性が高まる」「コスト削減につながる」という理由から企業がこぞって導入しているのである。日本では,まだあまり広まっていないEIPだが,米国メディアや調査会社の報告から,業界関係者やアナリストの意見を拾って,この市場の動向,今後の方向性を探ってみる。
■EIPとは企業情報の統合アクセス・ポイント
まず,EIPについて簡単に説明しよう。これを理解するには米Yahoo!や米Excite Networkなどが提供しているポータル・サービスを思い浮かべるのが手っ取り早い。
Yahoo!社やExcite社はそれぞれ「My Yahoo!」「My Excite」と呼ぶ個人向けのポータル・サイトを提供している。ここではユーザーが,自分の好みに応じてコンテンツを取捨選択して,さまざまな機能(サービス)が利用できるようになっている。例えばニュース,天気予報,テレビ番組表,占い,電子メール,スケジュール帳,アドレス帳,メモ帳,といった具合。インターネットにつながったパソコンとWebブラウザさえあれば,どこからでも使えて便利なので,活用している人も多いと思う。
これと同様のことを企業内で実現するのがEIPである。ただしEIPの場合は,「社員が業務に関連する社内外のさまざまな情報にアクセスすること」を目的としている。
したがって提供されるサービスは,企業ニュース,ドキュメントの全文検索,ファイル共有,スケジュール帳,電子メールや,CRM,ERPといった企業アプリケーションへのアクセス,といったものになる(図1)。
図1 米Plumtree Softwareのソフトで構築したポータル・サイトの一例 社内システムやインターネット上にあるドキュメントへのリンク,営業成績のチャート,顧客データベースへのアクセス,ドキュメント・ディレクトリの検索といった機能が提供されている。クリックして拡大 |
最近では,社員同士やパートナ企業との間で行う協調作業の場としての利用も注目されている。これにより,プロジェクト管理,ドキュメント管理,ディスカッションが容易になっている。EIPは,業務に関連するこうしたサービスを統合したアクセス・ポイントとなるもので,これを一つのWebページで提供することで,社員の生産性向上を図るのである。
■一気に盛り上がってきたEIPソフト市場
冒頭でも触れたが今,世界でこのEIPソフトの需要が高まっている。例えば米GartnerのDataquestの調査結果によると,EIPソフトの世界市場は昨年1年間で59%成長しているという(関連記事)。
また同ソフトの普及度合いを示す別の調査結果もある。米Forrester Researchが行ったアンケート調査によると,調査対象となった大企業3500社のうち,1/3が今年中にEIPソフトの購入を計画しているという。
「2001年の企業向けソフトの成長率はわずか4.3%にとどまった」(ABN AMRO銀行調べ)こと,「2002年における企業のIT(情報技術)関連支出が14%減少する」(Forrester Research社)ことと照らし合わせて考えると,EIPソフトの勢いがいかにすごいものかがよく分かるだろう(注1)。
注1:このほかにもさまざまな調査機関が楽観的な見方を示している。例えば米IDCは,同ソフトの市場は,2001年の5億5040万ドル規模から,2006年には31億ドル規模に急成長すると予測している(関連記事)。
■なぜ今,EIPなのか?
EIPソフトが市場に登場したのは1998年。つまりEIPは何もとりわけ新しい,というわけではない。しかしここに来てその人気が一気に高まっている。これは,大手企業・団体の成功事例が一般的に広まったこと,そしてWebサービス関連技術の進歩でEIPの構築が容易になったことなどが,理由のようである。
例えば,米国郵政公社(United States Postal Service)や世界最大規模と言われる法律事務所のMorrison & Foersterがすでに,EIPソフトの専業ベンダーである米Epicentricや米Plumtree Softwareの製品を利用しており,その成功事例が広く知られている。また,米Ford Motor,米Merrill Lynchといった大手企業も,EIP導入による効果(コスト削減,売り上げ増,生産性向上,ブランド名の差異化)を挙げており,こうした評判が「他の企業のEIP投資へを促進させている」(Forrester Research社アナリストのNate Root氏)。
■スタンドアロン製品とプラットフォーム統合型製品
現在のEIPソフト市場には,前述のPlumtree社のような専業ベンダーと,米Oracle,米Microsoft,米IBM,米Sun Microsystems,米BEA Sysmtems,ドイツSAP AGなどのインフラ系ソフトウエアのベンダーが参入している。
このうち前者は,他社ベンダーのプラットフォーム製品(OS,アプリケーション・サーバーやデータベース,ビジネス・アプリケーションなど)に対応したスタンドアロン(単独)製品を提供している。これに対し後者は,自前のプラットフォームとのタイトな連携を図った製品戦略を展開している。
例えば,Oracle社はアプリケーション・サーバー「Oracle9i Application Server(Oracle9iAS)」にEIP構築機能「Oracle9iAS Portal」を搭載している(関連記事)。
米Microsoftは「SharePoint」と呼ぶEIP構築/コラボレーション・ソフトを提供しているが,同社は「このソフトのEIP機能の一部を将来のWindowsサーバー製品に組み込む」(SharePoint部門ジェネラル・マネージャのJeff Teper氏)という計画を立てている。SharePointは単独製品として販売していくのだが,Windowsサーバーに追加されるポータル機能と緊密に連携させることにより,同社のビジネス・アプリケーションとの統合を容易にし,誰でもが簡単にEIPを構築できるようにするという(掲載記事)。
■やがて大幅な値崩れが起こる,価格は現在の1割程度に
EIPソフトのスタンドアロン製品の価格は今のところ10万ドル以上と高額である。しかし今後は,プラットフォーム・ソフトのベンダーが,アプリケーション・サーバーなどの自社ソフトの販売戦略の一環として価格を下げていく,と予測されている。
これらプラットフォーム・ベンダーが価格を1万ドル程度にまで下げるため,専業ベンダーも価格の低下を余儀なくされる。その結果,市場全体で大きな値崩れが起こると言われている。
なおEIPソフト市場はまだ勃興期であるため,今は100社以上のベンダーが乱立している状態にある。つまり市場シェアの明確な構図がまだ確立されていないのである。例えば2001年のシェアは,Plumtree社,SAP社,IBM社が同列で首位となっているが,それぞれのシェアはわずか7%に過ぎない。これにSun社の6%,BroadVision社の5%が続いているという状態で,あとは100社ほどのベンダーが残りのシェアを分け合っている。
■「ベンダーの淘汰が進む」とアナリスト
「市場が勃興期であること,価格の下落が予測されること,そして米国経済の減速などが要因となって,ベンダーは今後淘汰されていく」,というのがアナリストの見方のようである。
Dataquest社では,「100社以上あるEIPソフトウエア・ベンダーの50%以上が市場から排除されつつある」と予測している。またForrester Research社は,SAP社による米TopTier Softwareの買収,米Citrix Systemsによる米Sequoia Softwareの買収を例に挙げ,「淘汰はすでに始まっている」と説明する。
こうしたことからForrester Research社では,「IBM社,Oracle社,BEA Systems社,Sun社といった大手ベンダーが市場を席巻することになる」と見ている。このため「Plumtree社などの専業ベンダーは,大手ベンダーと競争するのではなく,中小企業にターゲットを絞るか,管理ツールやアドオン機能を提供するなどして,製品戦略を見直す必要がある」(Forrester Research社アナリストのRoot氏)という。
もちろんPlumtree社はこの意見に同意しない。「我が社はこの成長市場で競争力を維持できる。専業ベンダーにはこれからも非常に大きなビジネス機会があると思っている」(Plumtree社の共同設立者でマーケティング部門副社長のGlenn Kelman氏)として,真っ向から反論している。
なにやらここでも独自の技術やアイディアで新市場に挑むベンチャーと,それを飲み込もうとする大手,という構図が見え隠れする。
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<調査・統計>
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