kokubo.comやnikkeibp.co.jpといったドメイン名の一番後ろの「.com」「.jp」はトップレベル・ドメイン(TDL)(注1)と呼ばれる。最近は,「.biz」「.info」「.name」「.aero」「.coop」「.museum」といろいろなTLDが登場している。今年末には,弁護士,医師,会計士などの専門職用の「.pro」の登録受け付けも始まる

 この七つは,いずれも地域や属性などに関係なく割り当てられるgTLD(一般トップ・レベル・ドメイン)である。おなじみの「.com」「.org」「.net」といった既存gTLDに追加される形で導入された。

 こうしたTLDを管理する総元締めは,米国の非営利組織ICANN(Internet Corporation for Assigned Names)なのだが,最近の報道を見ていると,このICANNを巡る問題が数多く取り沙汰されていることが分かる。いわく,「企業寄り」「閉鎖的」---。このICANNという組織は一体どういう組織なのだろうという疑問が生じている。

 そこで今回はこうしたメディア報道も合わせ見ながら,同組織の実体を探っていきたいと思う。まずはICANNという組織について,次に同組織が直面している問題について見てみたいと思う。

注1:TLD(top level domain)。ドメイン名の一番右側にくる文字列。階層的な構造になっているドメイン名空間の最上位に位置することからこう呼ばれる。TLDには,(1)地域や属性などに関係なく割り当てられるgTLD(generic top level domain),(2)米国の組織だけに割り当てられる特殊なTLD(「.edu」「.gov」「.mil」),(3)国や地域ごとに割り当てられるccTLD(country code top level domain),(4)国際機関に割り当てられるiTLD(international top level domain)がある。

■全世界を統括するICANN,発端は米政府の民営化案

 ドメイン名の管理業務はもともと,米Network Solutions(NSI)や,インターネット関連国際団体ISOCの下部組織であるIANA(Internet Assigned Number Authority)が米国政府から委託を受けて行っていた。しかし,1998年6月に米政府がインターネット管理の民営化案「Statement of Policy on the Privatization of Internet Domain Name System」(「DNSホワイト・ペーパー」と呼ばれている)を公表したことを受けて1998年10月に民間組織が設立された。これがICANNである。

 NSIはその後,米VeriSignに買収され,政府の民営化方針に伴って,これまでの独占状態を払拭するという目的で,その登録業務権内容の変更を強いられている。一方のIANAは,ICANNの下部組織となった。

■「レジストラ」と「レジストリ」とは

 ではICANNはどのような形でドメイン名の“元締め”になっているのだろうか。今度はその構図を見てみよう。

 我々が,ドメイン名の登録や料金の支払いをする際にお世話になるのが,「レジストラ」と呼ばれる企業・団体である。上述した七つのgTLDを取り扱うレジストラは2002年5月22日現在で全世界に148ある(注2)。ICANNはこれらgTLDのレジストラを認定している組織なのである。

注2:日本ではグローバルメディアオンライン(旧インターキュー)や 国際調達情報(PSI-Japan)などがICANN公認レジストラとなっている。これら公認レジストラのリストはICANNのWebサイトに掲載されている。

 一方,このレジストラからドメイン名登録申請を受け付け,ドメイン・データベースを管理・運用している組織が「レジストリ」である。レジストリはTLDごとに存在し,それぞれが担当するTLDを管理している。VeriSign GRS社(旧NSI)が「.com」「.net」「.org」,米NeuLevelが「.biz」,Afiliasは「.info」について,ICANN公認レジストラに対して管理・運用サービスを提供している。そしてこれらレジストリもICANN公認の管理下で業務を行っているのである。

■ICANNは国別TLDも統括する

 また国別TLDであるccTLDを管理する組織として,日本には日本レジストリサービス(JPRS)がある。これは社団法人日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)の汎用/既存JPドメインを管理運用するレジストリとして,2000年12月に設立された民間企業である。JPNICが3分の2を出資しているなど直接的にはJPNICの管理下にある。

 しかしこのJPNIC自体がICANNの管理下にある。その構図はこうなっている。JPNICは,APNIC(Asia Pacific Network Information Centre)と呼ぶアジア太平洋の地域インターネット・レジストリ(RIR:Regional Internet Registry)の配下にある。このRIRは世界に三つある。APNICと,ヨーロッパを中心とするRIPE NCC(Reseaux IP Europeens Network Coordination Centre),南北アメリカを中心とするARIN(American Registry for Internet Numbers)である。そしてこの三つのRIRは,ICANNの下部組織であるIANAの配下にある。

 つまりICANNはその配下に全世界のRIR,レジストリ,レジストラを抱えており,あらゆるTLDを直接的・間接的に管理しているということになる。

■権限の大きさと閉鎖性が非難の的に

 こうした構図の中で膨大な数の組織の頂点に立つICANNだが,同組織にはそれが持つ権限の大きさゆえにさまざまなネガティブな意見が生じている。なかでもよく言われることに,「(ICANNは)新TLDの設置方針を決定する権限を持っているにもかかわらず,その組織体制は閉鎖的」というものがある。

 例えば,冒頭の七つの新TLDはいずれも2000年12月にICANNが新設を決定し,現在の運用に至ったのだが,そもそもこのときの選定方法があまりにも独断的・閉鎖的だったと非難されている。「新ドメイン名案の申請費用は5万ドルと高額だった」「しかもこれは案が採用されなくても返金されない」「申請期間や一般の意見を聞く期間が短かかった」,などである。また“100以上あったドメイン案から採用したのがわずは七つだった”ことも問題視されている(関連資料)。まるでICANNがTLDを増やしたくないかのように見える,というのである。

■TLDを増やさなければならない理由

 ここで,なぜTLDを増やさなければならないか,という理由について考えてみたい。そもそもドメイン名とは,ビット列であるIPアドレスを我々人間がわかりやすく扱えるようにした文字列に過ぎない。インターネットでサービスの対象となるホスト(サーバーなど)を特定するためのIPアドレスは一意でなくてはならないのだが,これに伴ってドメイン名も一意である必要がある。ところが人々が登録したいのは,社名や個人名,商品名である。これらは世界に複数存在しても不思議ではない。このことから本来一意であれば(技術的には)何でもよいはずのドメイン名に価値が生まれているのである。

 ドメイン名は,よくバーチャルな不動産と表現される。一等地を欲しがる人が殺到すれば,当然土地の実勢価格がどんどん上がる。また一等地を取得すればその企業のブランド・イメージも大いに高まるというのである。gTLDで言えば「.com」を使った人気ドメイン名には膨大なお金が行き交っている。また悪意をもって特定ブランド名のついたドメイン名を先に取得し,そのブランド名の所有者に対してドメイン名と引き替えに高額な金額を要求したり,企業の業務を妨害する“サイバー・スクワッティング”と言う行為も問題となっている。

 こうしたことから個人や小規模企業では,希望するドメインを取得できにくい状況になっている。そこで「ドメイン名は公共空間であり,誰もが公平に利用する権利を有する」という考え方から,「.com」と遜色ないgTLDを数多く新設して,多くの人に希望のドメイン名を取得しやすくしようと考えられているのである。

■ICANNは商業方面に傾いているという批判

 その一方で,TLDの増大は企業や商標権登録者に不利益を及ぼす結果になっているのも実状である。企業は前述のサイバー・スクワッティングからブランド・イメージを守るため,本来の業務に不要なドメイン名を押さえており,これの維持に費用がかかっている。
 なお,gTLDの場合は,世界知的所有権機関(WIPO:World Intellectual Property Organization )といった紛争処理機関が利用できるようになっており,正当な理由があればドメイン名を取り返したり,その運用を中止させることができる。しかし,こうした紛争処理にかかる費用は今後もますます増えると予測されており,この問題の深刻さは高まっている(関連記事)。

 こうしたことを考えると,すでに自社ブランドのドメイン名を取得してしまった大企業にとっては新しいTLDなど出ない方がよいことになる。ICANNを巡る数多くの批判になかには,「(ICANNは)ドメイン名の欠乏状態を意図的に作り出している」といったものもあり,ICANNはこうした大企業の利益を優先しているとも言われているのである。

 また前述の紛争処理に関しては,ICANN理事会が1999年8月に採択した,統一ドメイン名紛争処理方針(UDRP:Uniform Domain-Name Dispute-Resolution Policy)が採用されているのだが,この指針が商標権登録者に有利なようにできているという批判もある。このこともICANNが商業方面に大きく重心が傾いていると批判される要因となっている。

■財政難で重要な仕事に手が回らない

 今年1月に,欧州のレジストリ数社がICANNに抗議し,ICANNへの支払を拒否したというニュースが報じられた(掲載記事)。

 彼らの主張は次のようなものである。「インターネット運用の根幹となるルートDNSサーバー(注3)の一つはボランティア・ベースで運営されている。しかしこのボランティアが運用を突如やめたらどうなるかということが危惧される。ICANNはサービス・アグリメントを結ぶなどの措置をとって,システムの安定性を保証すべきだ」(英Nominet)

 つまり,「現状ではルートDNSサーバーの運用に対する保証が何もない状態であり,ICANNはインターネットの技術基盤の調整役として,その任務を怠っている。任務を遂行していないのでお金は払わない」というわけである。

注3:ルートDNSサーバー。ドメイン名とIPアドレスを照合し,要求されたデータをクライアントに返しているのがDNSサーバーである。レジストリやWebサイト運用者が異なる階層のDNSサーバーを管理・運用しているが,それらの最上位にあたるのがルートDNSサーバーとなる。現在世界で13の組織が協力して運用している。

 「技術基盤の指針を決定し,それが円滑に進むよう調整する」。当初は,こうしたことがICANNの主な役割と考えられていた。しかしICANNは次第に商業的/政治的な役割を多く担うようになった。ICANNの業務は日増しに増大しているのである。

 ICANNのCEOのStuart Lynn氏も「重要な仕事に手が回らない状態。インターネットの安定的な運営を保証できない状況」と,組織が“危機的”状態であることを告白している。その最大の理由は資金調達である。寄付金が思うように集まらないことから組織の運営に大きな支障をきたしているという(関連記事)。

■求められているのはオープンな組織体制

 こうしたなか,Lynn氏は今年3月10~14日にガーナで開催された会議で組織の改革案を提出している。その内容は,「インターネット・ユーザーによる直接選挙での理事選出を廃止し,代わりに政府が15人中5人の理事を選出する」というもの。つまり完全民間主導の運営を目指して設立されたICANNが,今再び政府の力を借りようというのである。

 しかしこれについては「ICANNの閉鎖性をさらに増大させることになる」と反対意見が多い。ICANNは,その内情がどうであれ,全世界の膨大な数の組織を統括する巨大組織に違いはない。

 ICANNは,こうした社会的責任を果たすためにも「組織をオープンなものにし,アカウンタビリティ(説明責任)を企業や一般の非営利団体並みにする必要がある」(ICANNの監視団体,ICANNWatch)と指摘されているのである。

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