筆者は北米に数年間住んでいたことがある。そのとき現地のFMラジオが大変充実していることに驚かされた。まず驚いたのはラジオ局の多さ。さらに特定ジャンル専用のラジオ局の存在である。しかもそのほとんどが,コマーシャル以外はトークなし。つまり音楽かけっぱなしという状態。筆者の好きなクラシック・ロックやジャズを本場の放送で思う存分楽しめる,と興奮したものである。

 日本に帰国して,しばらく寂しい思いをしていたが,それも束の間。インターネットとブロードバンドの普及,そしてインターネット・ストリーミング放送(注1)の進歩で,インターネット・ラジオは瞬く間に広まり,今ではあの“本場の放送”が日本にいながらにして,簡単に聴けるようになった。

 そんなありがたいインターネット・ラジオだが,米国ではこの5月21日を機に,ほとんどのラジオ局が廃業せざるを得なくなる。インターネット・ラジオ局に課せられる音楽著作権の使用料がこの日,決められるのだが,それが彼らのビジネス規模に比べて,非常に高額なものに設定される恐れがあるのだ。今回は米メディアの報道などを拾い,この危機に瀕している米国のインターネット・ラジオの状況をレポートしたいと思う。

注1:「インターネット・ストリーミング放送」。ウェブキャストとも呼ばれる。インターネット上で楽しむ“テレビ”や“ラジオ”のこと。動画や音声をインターネットに流せるようにデジタル化して,ストリーム用サーバーから専用の通信方式で配信する。受信のためには専用のプレーヤーが必要になる。

■発端は1998年に可決された「デジタル・ミレニアム著作権法」

 インターネット・ラジオの著作権使用料をめぐるプレーヤーは三陣営に分けられる。一つは音楽著作権を握る米レコード協会(RIAA:Recording Industry Association of America)。そして米AOL(America Online),米Microsoft,米MTV Networks,米RealNetworksなどが参加するインターネット・ストリーミング放送業界団体,DiMA(Digital Media Association)。そして独立系と呼ばれる無数のインターネット・ラジオ局である。

 もしインターネット・ラジオの著作権利用料が決定した場合,市場に残れるのはDiMAに参加しているような大手だけ。現在数百局あると言われる独立系ラジオ局はその99%が廃業せざるを得なくなる,と言われている。こうした独立系は今,5月21日を目前にして大規模な反対運動を行っているまっ最中である。

 インターネット・ラジオの著作権利用料を巡る問題は,1998年10月に連邦議会が可決した「デジタル・ミレニアム著作権法」(DMCA:Digital Millennium Copyright Act)に端を発している。これは,デジタル化された情報について,その著作権保護や取り扱いを規定したもの。このなかで,「インターネットでデジタル著作物が使用された場合,その使用料を徴収できる」という所有者の権利が認められたのである。

 これはすなわち,インターネットで上演・演奏される音楽著作物に適用される。つまり,レコード会社やアーティストは,「ネットで放送されたデジタル・コンテンツに対する使用料を徴収できる」という,これまでになかった新しい法的権利を得たのである。

 ところがデジタル・ミレニアム著作権では,その料金・料率について具体的なものが示されておらず,それが現在に至るまでの3年半という長きにわたる争いの発端となったのである。

■30倍も違った使用料案

 まもなくして米国議会図書館の著作権局(U.S. Copyright Office)は,この著作権法に基づいた使用料を決定すべく,米レコード協会とDiMAに意見を求めた。そこで米レコード協会が提案した料率は,「1曲当たり,リスナー1人につき0.4セント」または「売上の15%」というものだった。一方のDiMAが提案したのは「1時間当たり1人につき0.15セント」である。

 これらの料率を,仮にAOL社が手がけるストリーミング放送事業の実績に当てはめてみると,AOL社が支払うべき料金は,米レコード協会の場合で,1カ月64万ドル,DiMAの場合で1カ月2万1000ドルとなる。両者のあいだではなんと30倍というとてつもない隔たりが生じていたのである。

■折衷案で決着か,最終結論は5月21日に

 そこで米著作権局は,著作権使用料仲裁委員会(CARP:Copyright Arbitration Royalty Panel) と呼ぶ組織を設置し,この問題の解決を図った。両者の調停のための審問を2001年7月に始めたのである。その後数々の審問を経てCARPが今年2月に導き出した結論は,「1曲当たり,1人につき0.14セント」というものだった。つまり,「1人のリスナーに7曲聴かせると1セント」である。

 これを先ほどと同様にAOL社のストリーミング放送の実績に照らし合わせて計算すると,AOL社は,1カ月22万4000ドル支払うということになる。当初のDiMA案からは10倍以上となるだが,米レコード協会案からは1/3以下に下がったことになる。CARPとしては,両者の意見を聞き入れた折衷案を打ち出し,その名の通り“仲裁”を図ったという恰好である。

 こうして決まったCARP案(正確には“勧告報告”)は,著作権局が承認を行うことで正式なものになる。そして著作権局でその採決が諮られるのが,2002年5月21日なのである。

■既存のラジオ局もネット用に半額支払う

 このCARP案は,AMやFM放送といった既存のラジオ局も,その料金徴収の適用範囲に定めている。これにより,既存放送局は新たな支払い義務を課せられることになる。これについて少し説明しよう。

 インターネット・ラジオ市場には,ネット専門のラジオ局のほかに,こうしたAM/FMラジオ局も参入している。これら既存ラジオ局は主に,「電波で流している放送コンテンツをそのままネットで流す」という形でコンテンツを提供している。

 こうした既存ラジオ局はもともと「売上の4%」を著作権使用料として支払っている。このことから,既存ラジオ局は当初,「インターネット・ラジオの方は支払わなくてもよい」と考えていたようだ。

 ところが,デジタル・ミレニアム著作権法は,デジタル化された音楽著作物のすべてをその対象としている。「たとえ番組が電波放送のものとまったく同じであっても,それをデジタル・コンテンツとしてインターネットで放送すれば,当然に料金徴収の対象となる」というわけである。

 ただしCARP案では,こうした番組のインターネット放送(正確には,“インターネットを使った,AM/FMラジオ放送番組の同時再送”と定義されている)に対する料率は,「1曲当たり1人につき0.07セント」と,ネット専用コンテンツの半額に抑えている。

■さらに9%の割増料金

 またCARP案では,著作権使用料に加え,その支払合計額に9%を加算する「Ephemeral License Fee」を支払うよう定めている。これはインターネット放送を行うすべてのラジオ局に適用される。Ephemeral License Feeとは何かというと「短期・臨時的な記録物」に適用されるライセンス料である。ラジオ局では通常,音楽著作物を一時的に複製/保存している。Ephemeral License Feeはこれにかかるライセンス料というわけである。

これらCARP案の詳細については,著作権局のWebサイトに掲載されている勧告報告書または,インターネット・ラジオの業界誌「Radio and Internet Newsletter(RAIN)」のサイトで確認できる。

■それでも高い! 独立系ラジオ局不在のCARP案

 話を元に戻そう。CARPは米レコード協会とDiMA双方の意見を聞いてその折衷案を出した。あとは著作権局がこれを承認すれば,長きにわたり争ってきた問題は解決し,すべてうまく進んでいく---とも考えられる。しかし,今それを阻止すべく猛反対をしているグループがある。これまでずっと“蚊帳の外”に押しやられてきた独立系ラジオ局だ。

 「デジタル・ミレニアム法では「『著作権使用料は,伝統的な(電波放送の)ラジオ局が支払っているそれよりも少額』とされているのに対し,CARP案ではそれをはるかに上回る金額になってしまう」というのが彼らの主張である。

 これら独立系ラジオ局は先のDiMAとは違って(注2),大変小規模で運営されている。たとえば中堅の独立系ラジオ局でも,その月商は4500ドル程度。これに対し,CARP案で課せられる著作権使用料は9000ドルになるという(注3)。さらにこの著作権使用料は,デジタル・ミレニアム法が制定された1998年まで遡って支払わなければならない。CARP案が施行されれば“即廃業”は必至という。

 こうしたなか,独立系ラジオ局は一致団結して下院議員に働きかけた。これが功を奏し,4月22日には20人の下院議員が議会図書館と著作権局に書簡を送り,公正な著作権使用料を規定するよう説得している(関連記事)。また5月の第1週には,数百という独立系ラジオ局が一斉に「Day of Silence」と呼ぶ大規模な反対運動を行っている(関連記事)。さらに5月10日には,これら独立系ラジオ局が著作権局の円卓会議に出席し,CARP案に対する反対意見を述べている(関連記事)。

 一方の米レコード協会側もその主張をまげていない。インターネット・ラジオでは,既存のラジオと異なる機能を提供できる。「従って(インターネット・ラジオは)既存のラジオ放送とは別サービスと考えられる。これまでとは異なる新たな料率が適用されるべき」(米レコード協会)と考えているのである。

 「CARP案が施行されれば,市場競争がなくなる。消費者の選択肢は狭まり,音楽ソースの多様性はなくなる」とする独立系ラジオ局側。

 これに対し,米レコード協会は「インターネット・ラジオ局を開設・運営するためには,必要な機器を購入する必要がある。彼らは当然公正な価格で購入したはずだ。もしそういうお金が支払えるのなら,音楽著作物に対しても同じように公正な料金を支払うべきだ」と主張しており,双方の意見は真っ向から対立している。

 前述の通り,著作権局でCARP案の採決が諮れるのは,この5月21日。もしこれが承認された場合,60日間のパブリック・コメント手続を経て施行に至ることになる。

注2:DiMAのメンバー企業にはAOL社,Microsoft社,MTV Networks社,RealNetworks社をはじめ,米Amazon.com,米Liquid Audio,米Napster,米Yahoo!,フランスThomson Multimediaといった大手が名を連ねている。メンバー・リストはDiMAのWebサイトに掲載している。
注3:例えばUltimate-80sといった独立系大手の場合は,約4000人のリスナーがいる。1時間当たり14~15曲が放送されている。「1人のリスナーに7曲聴かせると1セント」→「1人に14曲聴かせると2セント」なので,その1時間当たりの支払額は約80ドルとなる。1日では1920ドル,1カ月毎日営業すると5万9520ドルになる。

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