日本でも4月1日の「モバイルインターネットサービス」(MIS)を皮切りに商用の無線LANインターネット接続サービスが始まった。IEEE802.11b[用語解説]という国際規格の無線LAN[用語解説] を使って街角でインターネットを利用するサービスである。これに続き,NTTコミュニケーションズなども商用サービスを始める予定である。無線LANインターネット接続サービスが使える“ホットスポット[用語解説] ”が各地に出来てくる。

 このように日本ではようやく始まった商用サービスだが,米国では1998年に導入されており,すでにほぼ4年がたっている。英Analysys Researchによると全米のアクセス・ポイントは2002年で3700カ所あるという(掲載記事)。先行する米国のホットスポットの様子を見てみると,日本のそれとは違っているようだ。

 たとえば,日本の商用無線LANインターネット接続サービスでは通常のインターネット接続サービスと同じように月決めだが,IT Proの和田副編集長の記事によると米国ではその場でクレジット・カード決済してホットスポットを使える。

 これはどうなっているのだろうと思い,米国のホットスポット事情を調べてみると,日本とは料金体系だけでなく,ビジネス構造も違っているようだ。そこで浮かび上がってきたキーワードが「アグリゲータ」「ホスト・ニュートラル」「ビジター・ベース」である。

■アクセス・ポイントをかき集めてユーザーに提供する“アグリゲータ”

 まず,すでに日経ニューメディアの稲川記者が記事で指摘しているように,日本では,1事業者で見るとまばらなアクセス・ポイントが問題になる。どこに行っても利用したいと思うならば,複数の業者と契約しなくてはならないのは望ましくない。そこで稲川記事では「ローミング・サービス」[用語解説]の早期提供を提案している。

 これに対して,米国では「ホットスポット・アグリゲータ」と「ホスト・ニュートラル」で問題解決し,事業を拡大している。

 まずホットスポット・アグリゲータとは何か? 日本では見慣れない名前だが,これは無線LANのローミング・サービス会社のことである。アグリゲータは自前のアクセス・ポイント[用語解説] を持たない。その代わりに,アクセス・ポイントを持つ全米の事業者からサービスを卸値で仕入れ,それを統合(アグリゲート)し,単一のサービスとして全米のユーザーに小売販売する,という業者なのである。日本の事業者のような“インフラ自前型サービス提供会社”とは異なるビジネス・モデルである。

 具体的に見てみよう。ホットスポット・アグリゲータの仕事は大きく分けて三つある。

(1)自前のソフトウエアを用意し,それをアクセス・ポイント機器のメーカーにライセンス供与する。これにより,自社専用の認証,アカウント,セキュリティ機能が機器に組み込まれる。

(2)アクセス・ポイントを運営する事業者と交渉して,自社のローミング・グループに加える。グループに加えたアクセス・ポイント運営事業者に,自社ソフトを組み込んだアクセス・ポイント機器を使ってもらう。

(3)こうして,さまざまな地域のアクセス・ポイントを提供するサービスを自社ブランドで販売する。ユーザーにはクライアント・ソフトやサービス・エリアの検索・閲覧ソフトを配布する。

 運営事業者にはサービスの販売,ユーザー管理,課金/請求業務を代行し,ユーザーには全米のサービスを単一のアカウントで利用できる仕組みを提供している。運営事業者にとってみれば普段,何度も利用してくれる地元のユーザーだけでなく,たまたまその地を訪れたビジターに対してもサービスを提供できることになり,利用率が向上する。ユーザーの立場からすれば,各地の事業者との契約を代行してくれて,しかも利用料金を一括して支払える。個々に契約するよりははるかに便利で安くつくというわけである。

 運営事業者だけではテリトリー確保を優先してしまうため,ローミングの提供がなかなか進まない,という構造が生まれるが,こうしたアグリゲータ,つまり無線LANローミング・サービス会社の存在はこの問題の解決にも一役かっているのである。

 このようなローミング・サービス会社の大手には,米hereUare Communications米Boingo Wirelessがある。これら企業はそのビジネス・モデルの性質から,できるだけ多くの事業者と契約を結ぼうと尽力する。そのため比較的小規模の事業者のサービスも取り込んでいる。結果として自社のローミング・グループが拡大し,自ずとユーザーの利便性を高めているのである。

■無線LAN市場に進出する“既存ローミング会社”

 ローミング・サービス会社というのは何も新しい業態ではない。今やインターネットのダイアルアップ接続でローミングは当たり前で,米GRIC Communications米iPassといった大手が存在している。これらのローミング会社は世界中のISP(インターネット接続事業者)と契約を結び,“ローミング・アライアンス”と呼ばれる巨大ネットワークを作っている。海外に旅行しても現地のアクセスポイントにダイアルアップ接続すれば,インターネットを利用できるのはこのためである。もちろんこのときの接続料金は日本のISPから請求される。

 ここで先ほどのhereUare社やBoingo社について考えてみるとおもしろい。彼らは無線LANでこれと同じことをやっているのである。つまり無線LAN版ローミング・アライアンスというわけである。

 既存のローミング会社であるGRIC社やiPass社は何をしているのだろう。実は彼らもすでに無線LAN市場に進出している。例えばGRIC社は今月,ホットスポットの敷設とサービスを手がける米Wayportと提携した。この提携のもと,GRIC社はそのローミング・ユーザーに対して,Wayport社のアクセスポイントを利用できるようにするという(掲載記事)。

 Wayport社は,無線LAN(ホットスポット)/有線インターネット接続を空港やホテルに提供している会社である。フォーシーズンズ,ヒルトン,シェラトン,マリオットといったホテルのロビー,客室にホットスポットと有線ンターネット接続を提供している。また現在九つの空港にもホットスポットを設置しており,そのなかには和田副編集長が米国で利用したシアトル・タコマ空港もある。

 Wayport社は日本の事業者と同じく,インフラ自前型のサービス事業者である。こういったインフラ自前型の大手では米MobileStar Networkが有名である。同社はコーヒーショップ・チェーン,Starbucksのホットスポット展開を手がけた会社として知られている。しかしその事業戦略の失敗から経営難に陥り,昨年10月に事業を閉鎖している。その後同社の資産はDeutsche Telekom傘下の米VoiceStream Wirelessに買収されたと伝えられている。(掲載記事

■サービスは“ホスト・ニュートラル”の方向へ

 少し煩雑になってきたので,ここで整理しておこう。つまり,米国には(1)無線LAN専門のローミング・サービス会社,(2)日本のようなインフラ自前型サービス会社,(3)既存のローミング・サービスから無線LANにも手を広げた事業者の3種類が存在している。

 彼らのビジネスの現状を見てみよう。まず(1)の無線LAN専門ローミング会社が台頭している。つぎに(2)のインフラ自前型会社のなかには経営難に陥った,あるいは倒産した会社がある。その一方でこの(2)のインフラ自前型会社と(3)の既存ローミング会社が手を組むという動きも出ている。この提携には,インフラ自前型会社は,既存ローミング会社の膨大なユーザーを獲得できる,既存ローミング会社はホットスポット市場に進出できるというメリットがある。

 米メディアでは最近,こうして提供されるサービスのことを“ホスト・ニュートラル”あるいは“ホスト・インデペンデント”と呼んでいる。ある1社の事業者(ホスト)のサービスに加入していても,ユーザーはその事業者に縛られることなく,提携業者のサービスを同じように利用できる。このことを表現しているのだが,最近の米国業界の一連の動きを見ていると,この“ホスト・ニュートラル”へ移行する傾向がますます高まっているように思える。

■“ビジター・ベース”という考え方

 最後に冒頭で触れた料金体系の違いについて考えてみたい。米IDCなどの市場調査会社の調査文書では,ずいぶん昔から“ビジター・ベースド・ネットワーク(VBN:visitor-based network)サービス”という言葉が使われている。これはホテル客室の有線インターネット接続や飲食店/空港のホットスポットといったアクセス・ポイントで提供するネット接続サービスのことである。

 オフィスや自宅といった決まった場所でのネット接続とは異なり,ユーザーが訪問した先々で利用することからこう呼んでいるのだが,ここにはもう一つ意味があると筆者は考えている。

 これをうまく説明するには日本語にもなっている“ビジター”を例に挙げるのが手っ取り早いと思う。この“ビジター”とは会員制のスポーツ・クラブやゴルフ場のそれである。つまり「臨時に料金を払って施設を利用する非会員」である。

図 Boingo社のクライアント・ソフト 信号のサーチ,接続,サービス提供エリアの検索などが行える。クリックすると拡大表示

 和田記事でも述べられているように,米国のホットスポット・サービスはこうした人に向けたサービスが用意されている。例えば5月1日に商用サービスが始まるミネアポリス空港では,1日限りの料金プランが設定されており,その料金は7.95ドルとなっている。これは前述のiPass社と米Concourse Communicationsが共同開発したサービスである。また,Boingo社も同様に,7.95ドルで1日中使い放題の日額プラン「Boingo As-You-Go」を用意している(右図)。

 Wayport社の場合は日額プランのほか,1カ月限定のプランと,それよりも利用頻度の少ない人向けのプリペイド方式のプランを用意している。こちらはビジター向けの回数券といったところだろうか。

 ホットスポットは「公衆無線LAN」とも呼ばれる。あらかじめ会員登録した決まった人だけが現地に訪問して利用するのではなく,頻繁に利用しないビジターでも気軽に利用できるようにする。これこそが“ビジター・ベース”であり“真”の公衆無線LANではないだろうか。これを多くの日本の事業者に提供してもらいたいと願っている。

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<市場調査>
「米国のホットスポット利用者は2007年に2100万人」---英企業が調査
「2006年のVBNサービス市場は2001年の87倍に」,とIDCの調査
「急成長する無線LAN市場,企業ユーザーがホットスポットの普及を促進」,米企業の調査
「無線LANホットスポット市場は急成長へ,無線LAN対応機器の伸びにも影響」と米ABI