「MPEG-2」や「MPEG-4」という名前を聞いたことがあるだろうか。デジタル化した動画像を圧縮・復元するための規格の名前だ。MPEG-2はDVDに採用されているので,DVDプレーヤーを使っている人は,知らぬ間にMPEG-2を使っていることになる。

 一方のMPEG-4はこれから普及が期待されている圧縮・復元方式である。MPEG-2が4~70Mbpsの広帯域を使ってS-VHS以上の高画質で再生することを目的としているのに対して,MPEG-4は携帯電話などでも利用できるように,1Mbps以下の狭帯域でも使えることを狙っている。

 MPEG-4はMPEG-2と同様,ISO(国際標準化機構)が定めた国際標準規格だから当然,誰もが採用しようとする。ところが米国時間2月12日の米Apple Computerによる発表で,それがままならない事態になっていることが明らかになった。

 この日,Appleは動画/音声再生技術であるQuickTimeの最新版「QuickTime 6」を発表した。その中で同社は「QuickTime 6はMPEG-4に完全対応したコーデックを備えており,すでに完成してはいるが,MPEG-4のライセンス条件が改善されるまではその配布を見合わせる」と訴えたのである(発表資料)。

 この発表は,MPEG-4のライセンス問題について世間の耳目を集めるきっかけとなり,波紋を投げかけた。特にMPEG-4を使ってインターネットなどで動画を配信しようと考えていたストリーミング・メディア業界は敏感だった。今回は,このライセンス問題を巡る最近の出来事,米メディアの報道などを拾って,この問題に対する米国の受け止め方をみてみようと思う。

■「1時間につき2セント徴収」に反発の声

 Apple社が製品発表の中での“抗議”という異例の発表をしたきっかけは,その約2週間前に起こった。

 米国時間1月31日,MPEG関連特許のライセンス業務を行う「MPEG LA(Licensing Administrator)」がMPEG-4 Visual(SimpleプロファイルとCoreプロファイル)技術についてのライセンス・プログラム(※注1)を(発表)。その中に受け入れがたい部分があったからだ。

表1●MPEG LA社の提案したライセンス・プログラム概要

(1)個人利用向けデコーダ(ハードウエア/ソフトウエア)を製造/販売した場合,ライセンス料は1システム当たり0.25米ドル。1年間における料金の上限は1法人に付き100万米ドル。

(2)個人利用向けエンコーダ(ハードウエア/ソフトウエア)の製造/販売についても(1)と同条件。

(3)コンテンツ所有者/提供者に対しては,再生時間に応じた料金を課す。その料金レートは0.00033米ドル/分,つまり1時間当たり2セント。これは個々のMPEG-4ビデオ・データ(ストリームやダウンロードなど)ごとに課す。対象は,MPEG-4ビデオ・データを提供することで報酬を得る団体/個人。例えばペイパービュー・サービス,会員制サービス,広告などのスポンサー・ベースで提供されるサービスなどが含まれる。ライセンス料の上限は設定しない。

(4)パッケージ・メディアのMPEG-4ビデオ・データについても(3)と同額のエンコード料金を課す。これも上限は設定しない。

※このライセンス・プログラムについて記述した発表資料全文はMPEG LA社のWebサイトで閲覧できる。

 Apple社はこのうちの,「再生時間に応じた料金(1時間当たり2セント)をコンテンツ所有者/提供者側に課す」という部分について「これではMPEG-4の市場における成功につながらない」と指摘,MPEG LA社に対して見直しを求めている。

 Apple社だけではない。ストリーミング・メディア技術の標準化団体である「ISMA(Internet Streaming Media Alliance)」も抗議の声を上げた。ISMAのプレジデントであるTom Jacobs氏(米Sun MicrosystemsのDigital Media Services部門ディレクタ)は「これはMPEG-4ビデオ・ストリーミング・ソリューションの市場開拓を促進するものではない」とMPEG LA社の提案を突っぱねる。

 「高いライセンス料は標準仕様という考え方を根底から覆す」(米On2 Technologies,CEOのDouglas McIntyre氏)との声もあり,MPEG LA社の提案に対し米国のストリーミング業界は不安をつのらせている。

■ライセンス料を握るMPEG LA社とは?

 こうした提案を行ったMPEG LA社とはいったい何者なのか? コロラド州デンバーに本社を置く同社は,1997年に米司法省から認定も受けて業務を行っているライセンス管理会社である。

 MPEG-2やMPEG-4の特許は複数の企業が保有する。これらの特許を使って製品を作ったり,サービスを提供しようとする企業が,それぞれの特許保有企業と個別に特許利用についてライセンス契約を結んでいては煩雑きわまりない。そこでMPEG LA社が複数の特許保有者から特許ライセンスを受け,これらを一括して企業にサブライセンスするという形を取っている。

表2●MPEG LA社にMPEG-4関連特許のライセンス業務を委託している企業
キヤノン
フランスFrance Teleom
富士通
日立製作所
韓国Hyundai Curitel
KDDI
松下電器産業
米Microsoft
三菱電機
沖電気工業
オランダPhilips Electronics
韓国Samsung Electronics
三洋電機
シャープ
ソニー
ノルウェーTelenor AS
東芝
日本ビクター
出典:MPEG LA社(掲載ページ

 MPEG LA社はMPEG-4に関して18社の特許ライセンスを管理している。実はこの18社のうち12社が日本企業だった(表2)。

 なお問題となっているライセンス・プログラムはまだ提案の段階に過ぎず,MPEG LA社では「業界の意見を聞き,3~5カ月かけて最終的なライセンス・モデルに仕上げたい」としている。とは言うものの,「これは公正なライセンス・モデルである」(MPEG LA社)とも主張しており,その信念は固いようだ。

 「市場はこうした新技術の開発時期における知的財産権の役割について認識している。その必要性や対価についても理解している。もしサービス・プロバイダやコンテンツ・プロバイダがこれで利益を得られるのであれば,特許所有者もそうなるべき」(MPEG LA社ライセンシング部門副社長のLarry Horn氏)というのが同社の弁である。

 さらに同社は,「各社の知的財産にかかるライセンス料を一括して徴収し,その合理的なライセンス料を公平に分配するためにこのライセンス・モデルを作成した」(CEOのBaryn S. Futa氏)と説明している。これにより「MPEG-4製品への投資を促進し,その開発・普及を促進する」(同氏)という。

■Apple社やISMAの見解が大きなメッセージに

 今回のライセンス・モデルの提案は前述のISMAがその実装仕様の初版「ISMA 1.0」を発行した(発表資料)あとの出来事だった。ISMAはApple社,米Cisco Systems,米Sun Microsystems,米IBMなどが集まって2000年12月に発足させた組織である。その目的は,「すでに広く利用されている既存の技術を組み合わせて,ストリーミング・メディア・ソリューションの相互運用性の確保を図る」(ISMA)というもの。MPEG-4の推進を第一の目的としているわけではないが,一般的な技術を利用するという趣旨から,圧縮技術に国際標準規格のMPEG-4を採用している。

 ISMAには,ストリーミング大手のMicrosoft社や米RealNetworksは参加していない(メンバー企業はWebサイトに掲載されている)。しかし,「同団体やApple社の意見が,MPEG LA社にとって大きなメッセージとなり,ライセンス・モデルの再考を促す可能性がある」というのが米国の業界アナリストの見方のようだ。またApple社のSteve Jobs氏もCNET News.comの取材に対して「特許保有者もやがて考え直すだろう」などと答えており,楽観的な見方を示している。

■独自技術の米On2がMPEG-4に対抗

 国際標準規格=デファクト・スタンダード筆頭候補として各社はMPEG-4対応を進めてきたが,MPEG-4は標準規格ではあっても,市場の支持を集めない可能性も出てきた。ライセンス料のいらないライバルの登場である。

 今回のMPEG LA社の発表を受けて,独自ビデオ圧縮技術を手がける米On2 Technologiesが,ISMAに書簡を送り,MPEG-4の代わりに同社が昨年オープンソース化したビデオ圧縮技術「VP3.2」(発表資料)を採用するよう提案したという(掲載記事)。

 また同社は米国時間2月13日に,QuickTime向けコーデック・ソフト「VP3 for QuickTime」のアップデート版を発表したが,その発表資料のなかでも「当社のVP3.2はMPEG-4と違って,エンコーダー,デコーダー,提供者に対するライセンス料は一切とらない」と説明している。

 MPEG-4は,1998年末に技術仕様の大枠が固まって以来約3年が経過しており,最近になって採用企業も増え,いよいよ本格化という段階に入っている。RealNetworks社も昨年12月にMPEG-4をネイティブ・サポートすると発表,Apple社,スウェーデンのEricsson,Sun社は今年2月12日にMPEG-4をベースとした,無線向けマルチメディア・コンテンツの配信技術に関して提携している。

 MPEG LA社の主張は特許保有者にとっては当然のことと考えられるが,それがISMAなどの業界団体の意図と協調していけるのか・・。今回の「騒動」でこうした問題点が改めて浮き彫りになったと言えるだろう。