「ラスト・ミニット・ディール」という言葉をご存じだろうか? 直訳すると“最後の1分の取引”。普通,訳す場合は“ぎりぎりの交渉・協議”とする。

 私が翻訳しているIT関係の記事では,最近は“締め切り間際の取り引き(あるいはその商品)”という意味になる。ネット販売の一形態である。ラスト・ミニット・ディールを“間際の取引”と訳してもピンと来ないかも知れないが,具体的な例を見ればイメージをつかんでいただけるだろう。

 例えば航空会社であれば,予約が埋まらなかったり,突然のキャンセルで空席ができた場合に,その情報をすぐさまWebページで,提供して,通常よりもぐっと安い価格で販売する,といった形態である。

 実は私は,このラスト・ミニット・ディールに,ECサイト,あるいはドット・コム企業が生き残るカギが潜んでいる,と考えている。

 過去1年,多くのドット・コム企業が倒産に追い込まれた。また,一般の企業が運営するECサイトでも,期待していた成果を出せていないサイトも多い。失敗例を見ると,それが本当にネットでやらなければならない事業だったのか,という疑問が生じてくる。例えば,紙媒体や電話,ファクスでも行える取引を,力ずくでネット媒体に移しただけのECサイトも多い。

 これに対してラスト・ミニット・ディールは,ネットならではの特性を生かした取引である。筆者が,ラスト・ミニット・ディールに注目しているのはこのためである。

■ 日本国内でもすでに始まっている

 まずはほんの一部だがラスト・ミニット・ディールの具体例をご紹介しよう。

 ラスト・ミニット・ディールは,米国の大手旅行サービス・サイトTravelocityの「Last Minute Deals」が有名だ。このページでは目的地や出発地を選べば航空券,ホテルがセットになった料金の一覧が表示されるようになっている。

 当然のことだが,飛行機は席が埋まろうが埋まるまいが飛ばなければならない。ホテルも客の有無に関わらず固定費がかかる。予約が埋まらなかったり,突如のキャンセルで空席・空室ができた場合,すぐさまWebで販売できれば,こうした機会損失を減らすことができる。

 もちろん急きょお客さんに来てもらいたいので,お客さんが飛びつくような「間際割引き」を提示する。つまり売り手と買い手の双方にとって都合のよい取り引き(ディール)となるわけだ。

 日本の旅行会社もすでに始めているのでチェックしてみたらいかがだろうか。例えば国内のホテル探しなら,日本旅行の「宿なび ザ・バーゲン」が便利である。このサイトでは,地域を選べば,予約可能なホテルと,その空き部屋状況のカレンダー,そして料金が即座に表示される。

 料金は通常料金も同時に表示されるので,いくら得するのかが一目瞭然となる。予約は電話かそのままオンラインで行う。支払いもオンラインによるクレジットカード決済でスムーズに行える。

 このほかJTBの「旬。(しゅんまる)」は旅館中心のラスト・ミニット商品を提供している。こちらは「3日前以降のその時々の空室状況に応じて,毎日料金が変動する商品」(同社)を提供している。

 またエイチ・アイ・エスはサイバードと提携して,NTTドコモのiモード公式サイトを運営している。ここでは登録ユーザーに対して,同社が間際で仕入れた格安航空券情報を提供している(発表資料)。これもラスト・ミニット商品のうまい広告・販売方法と言えるだろう。

■小規模でもすぐに始められる

 こうしたラスト・ミニット商品は,Webシステムを使って,その空き情報を動的に表示し,予約まで受け付けるというものが多い。大手企業が運営するサイトなのでアクセス数も膨大。大規模なシステムで運営している。

 しかしラスト・ミニットはこうした大手旅行会社だけが提供できる,というものでもない。例えば一企業が自社の商品情報をそのWebサイトで表示するというのも立派なラスト・ミニット・ディールとなる。

 その例が,ザ.ホテル ヨコハマのWebサイト(www.theyoko.co.jp/)。ここでは「Today's Valuer Room」という宿泊プランを提供している。これは「毎日空室状況によって客室タイプ,料金,限定室数が変化する当日予約専用プラン」(同社)である。

 またホテルニューグランド(www.hotel-newgrand.co.jp/)にも当日~4日ほど先までの割引きプランを提供するという「期日限定宿泊」がある。

 もうお気づきだと思うが,ラスト・ミニット・ディールとは販売形態に過ぎないので,商品は旅行商品に限られるものでもない。食品などの日持ちしない商品,各種イベントのチケット,閉店セール品など,ある一定の時間が来れば販売できなくなる(処分しなければならない)商品に利用できる。

 媒体はWebサイトやメールでよいので,特に費用がかかるというものでもない。小規模な企業や団体であっても手軽に,今日から,明日から,始められるのである。

■ まだまだ確立していないラスト・ミニットの定義

 ラスト・ミニットは,売り手と買い手の双方にとってこの上なく便利なのだが,まだ本格普及に至っていないためか,現状ではその定義があいまいとなっている。というのは,各所にみられる商品はその位置づけが一様でなく,期待はずれのものもある。ラスト・ミニットを誤用(あるいは乱用)していると思われても仕方がない商品も散見するのが現状だ。

 例えば,ラスト・ミニットと謳っておきながら,それほど安いとは感じられないものがある。その料金が相当先まで安いまま,というものもある。一般的なバーゲン品やシーズンオフ時期の安価商品と変わらない,という印象である。

 ラスト・ミニット商品とはつまり「処分品」あるいは「見切り品」である。スーパーマーケットの「タイム・サービス」とも似ているようで違う。「処分品を販売/購入することで,双方がその直接的メリットを得る」という,単純でわかりやすい定義を示す必要がある。

■景品表示法上問題となるおそれも

 今後「ラスト・ミニット商品」あるいは「間際商品」という言葉が,どのように扱われのかはわからない。しかしおそらく景品表示法で言う「販売価格の安さの理由や,安さの程度を説明する用語」にあたるのではないだろうか。

 つまり,これらの用語を使って商品を提供するということは,「処分品」「今だけだから安い」という情報を表示して販売活動を行うことになる。だからその方法を誤ると,景品表示法上で問題となるおそれがある。

 例えば,その価格が通常時と同じ,またはほとんど違いがない場合は,消費者に販売価格が安いとの誤認を与える「不当表示に該当するおそれのある表示」となる。

 またラスト・ミニット価格のほかに,「通常時の価格」といった比較対照価格を表示した場合は,それが適正でなければやはり不当表示のおそれがある。通常価格としながらも過去にその価格で販売したことがない(あるいは販売期間が短かった)場合は,二重価格表示の規定に反することになるし,シーズンオフ時の販売価格を表示する際に,ピーク時の販売価格をもって比較対照価格とすれば,これも二重価格表示の規定に反する。

 なおこういった不当表示に関する詳細についてはWebで閲覧できる。興味のある方は,公正取引委員会(www.jftc.go.jp/)の景品表示法ガイドラインを参照されたい。

■ 近ツー,日本旅行などが欧州のラスト・ミニット大手と合弁

 ラスト・ミニット関連で大きなニュースと言えば,今年2月に発表された大型提携が記憶に新しい。欧州のラスト・ミニット大手である英lastminute.comと近畿日本ツーリスト,日本旅行,三菱商事のエムシー・キャピタル投資事業組合などが,日本におけるラスト・ミニット商品の提供に関して提携した(lastminute.com社の発表資料)。

 これら企業・団体は,日本でlastminute.com社のブランドを使用した電子商取引会社を設立する。企業向け専用パッケージ商品や国内外の間際商品を提供するという計画を立てている。

 ちなみに,lastminute.com社の扱っているラスト・ミニット商品には,航空券,ホテル,パッケージ旅行,エンターテインメント・チケット,レストランの予約/デリバリー,ギフト,オークションがある。事業は本国である英国のほか,ドイツ,イタリア,スウェーデン,スペイン,オランダ,オーストラリア,南アフリカで展開している。「2001年9月末時点で420万人以上のニュースレター会員がある」(lastminute.com社)という旅行関連の大手ドットコム企業である。

■これぞドットコム・コム企業の生きる道

 こうした大手が手を組むことで,さまざまな魅力あるラスト・ミニット商品が提供されるのではないかと私は期待している。またこうしたビジネスこそが,「ドットコム・コムの生きる道」という気もしている。

 2001年にネット・バブルが崩壊して以来,多くのドットコム企業が倒産した。その原因はビジネス・モデルの破綻だけではないことは,分かっている。しかし,それらは本当に誰もがこぞってネットでやらなければならない事業だったのか。そういう疑問を強く感じる。

 これに対し,ラスト・ミニットは,ネットだからこそうまく機能するサービスと言えるだろう。ただし,うまくやらなければならない。前述のような,提供者の意図の有無にかかわらず欺瞞(ぎまん)的な商品を排除する何らかの規定を設けなければ,消費者はそっぽを向いてしまう。

 ネットならではのサービスと言えば,オークション,価格比較,共同購入などが思いつくが,ラスト・ミニットもこうしたサービスのように,誰もがわかる,単純明快な定義を早く獲得してほしい。

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