私ごとで恐縮だが,年明け早々にオークション・サイトで無線LANのアクセス・ポイントを購入した。製品は今週にも到着する予定である。私の事務所では1年前から無線LANを導入しており,私のノート・パソコンにも無線LANカードが装着してある。今度はこれを使って自宅でも「どこでもインターネット」の恩恵にあずかりたいと考えている。今回はこの無線LANの米国におけるこれまでの発達と,パソコン以外への拡大,IEEE802.11aや11gといった新技術の立ち上がりをUSニュースから見てみよう。

無線LANを普及させた二つの波

 無線LANに使われている技術は,IEEE(米国電気電子学会)が1997年に定めた規格「IEEE 802.11b」である。802.11bは最大データ伝送速度が11Mbps。50~100メートル離れた距離にある機器同士で通信できる。また壁があっても木造なら壁ごしに通信できる。これで,自宅のどの部屋にいても快適に高速インターネットが利用できるようになる。オークションでの購入ということもあるが,こういった環境がわずかな追加投資で手に入るようになった。感謝感激である。

 ところで,こうした無線LANはいつごろから身近になったのだろうか。これについて私は,米国でのパソコン市場における無線LANの普及には大きな波が二つあったと考えている。過去のUSニュースの記事と照らし合わせながらその経緯をざっと振り返ってみよう。

 第一の波の発端は,米Apple Computerの「AirPort」(日本での製品名は「AirMac」)である。同社は1999年7月に,米Lucent Technologiesと共同開発した無線LAN製品「AirPort」を発表した。iBookにAirPortカードを組み込めるようにしただけでなく,ハードウエアとソフトウエアをうまくとりまとめ,それをパソコンの周辺機器として手頃な価格で提供した。このときに消費者パソコンにおける無線LAN利用に道筋がついた,と言ってよいだろう。

 第二の波はその2年後に来た。米IBMが2001年5月に同社の無線戦略を発表し,「すべての製品ラインに無線アクセスを提供する」と宣言したのだ。ノート・パソコンの「ThinkPad」だけでなくサーバーまで無線LAN機能を備え,ソフトウエアやサポート,サービスも無線対応にする,というものだった。これで一気に火がついた。

 米Intelも同年8月に家庭/SOHO向けの無線ネットワーク製品を発表,その後メーカー各社が続々と対応製品を投入した。これら無線LANに使われた802.11bは,あっという間にパソコン分野のデファクト・スタンダードになってしまったのだ。

家電,携帯情報端末,テレマティックスの分野にも広がる

 この勢いは2002年に入っても衰えていない。年明け早々に開催された2002 CES(Consumer Electronics Show)でもベンダー各社がさまざまな製品を展示した(米InfoWorld誌のレポート)。同レポートによれば,2002年1月第2週の時点で,「Wi-Fi」認定(業界団体「WECA:Wireless Ethernet Compatibility Allianceが相互接続性を認定している)を受けている製品の数は232にのぼるという。またWECAに加入した企業も61社にまで増えている。

 消費者や企業市場における無線LANは,パソコンの周辺機器という形で普及してきたのだが,ここにきてパソコン以外の分野にも広がってきた。例えば,1)ネット家電,2)携帯情報端末,3)テレマティックス機器(車載/組み込み電子機器)でも無線LANが取り入れられてきたのである。これらの分野ではすでに以下のような新しい利用法が示されている。

1)ネット家電
 無線LANを使って動画像をテレビに伝送するシステムがすでに開発されている。昨年の11月に開催されたCOMDEX Fall 2001でもソニーやシャープがこうしたテレビのデモを行っていた。つい先日も米Cirrus Logicが,802.11bを使ったPVR(personal video recorder)のリファレンス設計を発表したばかり。Cirrus社では,このPVRを「ホーム・メディア・センター」と呼んでおり,「家庭内の複数のテレビに異なるビデオをリアルタイムで同時配信するホーム・メディア・センターを開発できる」(同社)と説明している。
2)携帯情報端末
 携帯電話や無線LANの機能を組み込んだ新たな携帯情報端末が登場している。例えば,すでに米Palmと米Intel子会社米Xircomが,Palm機向け802.11b無線LANモジュールの販促で協力を始めている。米Handspringも昨年10月15日に,GSM携帯電話,電子メール,Webブラウジング機能を備える携帯情報端末「Treo」を発表した。また同社はつい先日も,英mmO2がTreo向けの携帯電話サービスを欧州で始めると発表したばかりである。
 今後はこういった無線LANと携帯電話の機能が一つの携帯情報端末に備わるようになるだろう。屋外では携帯電話網,屋内では高速な無線LAN,というように状況に合わせて接続媒体を選べるようになる。赤外線通信でデータ同期を行うだけという携帯情報端末の時代は終わろうとしている。携帯情報端末は,単なる“個人向け情報アシスタント”から,パソコンと同等のデータ通信が行えるツールへと変化していくことだろう。
3)テレマティックス機器
 携帯電話網と無線LAN,そしてBluetoothも取り込んだ自動車情報システムの登場が期待されている。このうち無線LANは,大容量データのダウンロードやアップロードなどの用途で使われることになる。
 なお,すでに英Vodafone Group PlcとFord of Europe社米Accentureと米Microsoft,米Sun Microsystemsと米Ford Motor/米QUALCOMMのジョイント・ベンチャーWingcast,米MotorolaとドイツBMW,ドイツAUDI AGがそれぞれテレマティックスのシステムやサービスの開発で提携している。
 ちなみに,テレマティックスの市場調査を手がける米Telematics Research Groupは,「(テレマティックス機器は)5年以内にデスクトップ・パソコン並みのパワーを備えるようになる」と予測している。

次世代技術への取り組みと問題解決

 動画などの大容量コンテンツの送受信となると,最大で11Mbpsという802.11bのデータ伝送速度ではやや力不足である。そこで,より高速なデータ伝送が行える技術に注目が集まっている。例えば前述のソニーとシャープの無線LANテレビ・システムでは「IEEE802.11a」を使っている。

 802.11a(名称に「a」が付くが802.11bの後継となる技術である)の最大データ伝送速度は54Mbpsと高速である。5GHz帯の電波を利用する無線LAN規格なので,2.4GHz帯を使うBluetooth機器やコードレス電話機,電子レンジなどとの電波干渉がない。こういったメリットの反面,802.11aは以下のような問題を抱えている。

  • 5GHz帯は伝播損失が大きい。同一の伝送距離を実現するためにはほぼ5倍の送信出力が必要になると言われている。携帯情報端末などの小型機器に搭載するとなると消費電力の問題が課題となる。
  • 5GHzは壁を通過しにくいため,多くのアクセス・ポイントが必要となる。
  • 欧州では無免許による5GHz帯の利用に制限がある。
  • 5GHz帯は気象レーダーや地球探査衛星が用いているため,屋外で用いるとこれらの機器に影響が出る。

 このほか「802.11g」という技術もある。こちらは昨年11月にIEEEが標準草案(draft standard)として承認したばかり。802.11gは,802.11bとの互換性を確保しながら,データ伝送速度を最大54Mbpsにまで引き上げられるので,802.11a同様高速なデータ伝送が行えるものとして期待されている。ただし,802.11bと同じく2.4GHz帯を用いるため,Bluetoothなどの2.4GHz帯を使う機器の干渉を受けやすいというデメリットもある。

 ちなみに,802.11gは,米Texas Instruments(TI)や米Intersilなど数社が提案していた二つの要素技術を組み合わせている。TI社は「すでに開発済みの技術が利用できるため,802.11g対応製品を2002年中ごろまでに提供できる」(同社)と説明している。

 これらの問題を解決/回避すべく,各社がさまざまな技術開発に取り組んでいる。例えば,米Mobilianが802.11bとBluetoothを干渉なく同時に利用できるチップセットを開発している(PDF発表資料)。またイスラエルEnvara(発表資料)や米Intersil,英Synad Technologieesが802.11bと802.11aの両方に対応できるチップセットを発表している。

 米embedded wireless device社(ewd)は,さらに802.11gを加えた3方式対応のチップセットを発表した。これらは,ぞれぞれのアクセス・ポイントが混在する環境において電波の状態に応じて適切な通信方式を自動選択するので,ユーザーは切り替えを意識しなくてすむ。

 また米RSA Securityが,これまで指摘されていた802.11の暗号化技術「WEP(Wireless Equivalent Privacy)」の脆弱(ぜいじゃく)性を解決する新技術「Fast Packet Keying」を昨年12月に発表している。

企業から自宅,そして街角へ

 このようにまだまだ解決すべき課題はあるものの無線LAN市場は今後も普及の速度を上げていくとみられる。米Allied Business Intelligence(ABI)の予測によれば,無線LAN機器の業界全体の売上高は2000年の9億6900万ドルから2006年にはおよそ4.6倍の45億ドルにまで増大するという。

 また米Strategis Groupは,無線LANのサービスの売上高は2006年に60億ドルに達すると分析している(発表資料)。同社によれば,企業内での利用増大が,空港や大学キャンパスなどのホット・スポット(アクセス・ポイントを設置した公的な場所)や自宅での利用に拍車をかけるという。これについて同社は「職場で無線LANを利用しているユーザーがその便利さ知ってしまい,出先や自宅でも使いたいと考えるようになる。よって需要が高まる」と説明している。「これは私のことではないか」と思わず唸ってしまった。これをなかなか納得のいく理由付けと思うのは私だけではないだろう。