米アカデミー賞の授賞式を来月末に控え,ハリウッドが海賊版に神経を尖らせている。ロサンゼルス・タイムズ紙によれば,”The Last Samurai”をはじめ,オスカー候補作品が立て続けに違法コピーされ,ネット上に出回り始めたという。

 「そんなことは,よくある話ではないか」と思われる向きも多かろうが,問題はその出所。それらの海賊版は,どうやらアカデミー賞の選考委員に,無料で配布されたビデオからコピーされたらしいのだ。

 各映画会社では毎年,宣伝のため,選考委員たちに有力候補作品のビデオを配布してきた。しかしここ数年,それらのビデオは,“サイバー闇市”に出回る海賊版映画の温床になっている。これを突き止めたアカデミーは,昨年,思い切った決断を下した。すなわち各映画会社に対し,「2004年からは選考委員に無料ビデオを送るな」という通達を出したのだ。

 しかし,これに対しては選考委員らからブーブー文句が出るし,後になってなぜか連邦地裁まで乗り出して来て,「映画会社に無料ビデオの配布を禁じたアカデミーの通達は無効である」との裁定を下した。つまり「映画会社のしたいようにさせろ」ということだ。これを受けて映画会社は例年通り,選考委員たちにビデオを配布した。

 では結局,元の木阿弥かというと,必ずしもそうではない。アカデミーと映画会社の間で交わされた妥協の産物として,今年から配布ビデオの映像中に「お札の透かし」的なマークを挿入することにした。このマークは配布ビデオ一本ごとにすべて異なる。違法コピーの結果生まれた海賊版にも,このマークは受け継がれる。従って,これを見れば,誰に送られた配布ビデオから海賊版が作られたかが分かる,という仕掛けだ。

 配布ビデオにこうした細工を施した上で,アカデミーは選考委員たちに「このビデオを自宅以外に流出させたり,無断でコピーして配ったり売ったりした場合は,選考委員を解任されると同時に,民事・刑事訴訟の対象となる」という通達を出した。もちろん配布ビデオに各々ユニークなマークが入っていることも伝えた。アカデミーとしては,「ここまで念を押せば,少なくとも選考委員の間から候補作品が流出することはないだろう」と見ていた。

 ところがその予想に反し,今回,数名の選考委員からビデオが流出してしまったようだ。これらの委員の中には,ベテラン俳優や映画会社の元技術スタッフなどが含まれているという。華やかで大らかなハリウッドの雰囲気からして,「ビデオの一本くらい,大目に見てくれよ」で済みそうな気もするが,現実は甘くない。刑事訴訟も辞さないとする映画会社に対し,嫌疑をかけられた俳優らは弁護士を雇って徹底抗戦する構えだ。

 彼らは「特定のマークが入っているからといって,それが必ずしも私の手元から流出したという証拠にはならない。そのマーク付きビデオを作った技師が,自らコピーを持ち出した可能性だってあるじゃないか」と反論している。言い逃れかもしれないが,確かにビデオのコピーなんて,どこでもいくらでも作れるわけだから,一理はある。

 そもそも,この程度のマークは,サイバー闇市を陰で支えるハッカーなら簡単に取り除くことができるらしい。逆に言うと,今回出所が発覚したのは,ビデオの持ち主があまりにも無頓着だったからだ。アカデミーの海賊版対策は事実上,気休めに過ぎなかったとも言える。授賞式を間近に控えてのドタバタ騒ぎは,インターネット時代に取り残された映画業界の時代錯誤を象徴する出来事かもしれない。