「インターネットは誰が統治・管理すべきか」――。先週,スイスのジュネーブで開催された国連世界情報社会サミット(WSIS:world summit on the information society)の主要議題の一つがこれだった。

 インターネットは1960年代に米国防省の研究開発に端を発し,その後も米国を中心に発展したことは周知の事実だ。特に90年代初頭,民間に開放されてからは,紆余曲折の末,現在はICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers,[用語解説] )という団体が,世界中に割り振られるインターネット・アドレスやドメイン名の管理などをしている。

 従来,インターネット資源の管理は,米Network Solutions(NSI)やIANA(Internet Assigned Number Authority:インターネット関連国際団体ISOCの下部組織)が,米国政府から委託を受けて行っていた。しかし,1998年6月に米政府がインターネット管理の民営化案を公表したことを受けて1998年10月に民間組織が設立された。これがICANNである。現在のICANNは“国際団体”だが,上記のような経緯もあって,“事実上は米国の団体”と見られることも多い。

 インターネットは以前から「誰のものでもない」と言われているように,どこか一つの団体が責任をもってそのすべてを統治・管理しているわけではない。例えば新しい技術の標準化の作業は,Internet Engineering Task Force[用語解説] やWorld Wide Web Consortium[用語解説]といったグループが担当している。他にもたくさんの団体が,何らかの形でインターネットの運営に携わっているはずだ。

 しかし,これらの団体は普段あまり表に出ず,黒子役に徹している。これとは対照的に,ICANNはマスメディアに登場する回数も多く,非常に目立つ団体だ(記事末の関連記事参照)。理由は恐らく,「誰にどのドメイン名を与える」という,かなり生々しく具体的な役割を担っているからだろう。こういう作業をする団体は,大抵,人から反感を買うものだ。

「ICANNの権限はITUへ移すべきだ」との議案が出される

 こうした背景の下,先週の情報社会サミットでは,ブラジルや中国などの代表から「インターネットの統治権をICANNからITU(International Telecommunication Union[用語解説] )に移行しよう」という議案が提出された。彼らの主張はこうだ。「インターネットは確かに米国が開発し発展させたものだ。それには敬意を払うが,ここまで世界的に普及した以上,これからは“米国の団体”(ICANN)ではなく,真の国際団体が管理すべきだ。それには(国連の下部組織である)ITUが相応しい」

 この訴えには,多分に情緒的な側面もあると思う。というのはインターネットのドメイン名をICANNが管理することによって,発展途上国が具体的な被害を被ったというような事実はないからだ。それよりも「サイバー・スペース上でも,米国が親分風を吹かせている(Bossing)のが気に入らない」という面があるのではないだろうか。

 ちなみに,これを裏付けるかのようなエピソードが先週のInternational Herald Tribune紙に掲載されていた。それによれば,世界情報社会サミットに出席するため,出張先のベトナムから遠路はるばるジュネーブを訪れたICANNの最高責任者(president)を,サミットの事前部会が締め出してしまったという。この部会は,「インターネットの管理権をICANNからITUに移行する」計画を検討する集まりだった。出席者の多くは発展途上国の代表である。ICANNに対する彼らの反感は相当なものであることがうかがえる。

 もちろん,サミットの議題として提出した理由に挙げられたのは,このような感情論ではない。ICANNを斥けたい各国代表が合理的な理由として挙げるのは,「インターネットの無政府状態」だ。すなわち昨今のインターネットは,破壊的なウイルスやワーム,スパム,ポルノ,あるいは暴力的な情報などが蔓延(まんえん)し,カオスと化している。彼らによれば,これは「ICANNの統治能力が足りないからだ」というのである。「インターネットのセキュリティと秩序を保証するには,(現在の無政府状態をまねいた責任がある)ICANNから,ITUに権限を委譲すべきだ」というのが,サミットに提出された議題の趣旨なのだ。

実質的な議論は先送りに

 これに対しICANN会長(Chairman)のVinton Cerf氏(インターネットの開発に深くかかわり,「インターネットの父」とも呼ばれる)は,Washington Post紙上で次のように反論している。「ICANNが担当しているのは,インターネットのアドレス管理だけだ。それ以外のこと(ウイルスやスパムやポルノの蔓延)の責任を取って,権限をITUに委譲せよ,というのは問題のすり替えだ」

 Cerf氏の主張は正論であろう。また仮にICANNから現在の権限を奪ったところで,それを委譲できる組織が見当たらないという現実も考慮すべきだ。業界関係者の多くは,ITUにはインターネットを統治・管理することはできないと見ている。

 12日に閉幕した情報社会サミットでも,結局,この議題は提出されただけで,結論はおろか実質的な討論さえ,次回のチュニジア・サミットに持ち越された。ブラジル,中国などが後押しした「ICANN(=米国)排斥案」は,現行システムの代替となる具体案,あるいはそれを議論するたたき台すら提示できなかったようだ。

 こうした国際会議にはよくあることだが,これ以外の主要議題,例えば「デジタル・デバイド(情報技術の恩恵を受ける者と受けない者との間に生じる格差)の解消」「インターネットを普及させるために,豊かな国が貧しい国を支援する基金を作る」といった議題は,いずれも結論が出ないまま次回に持ち越された。

 形だけといえば形だけの会議である。しかし,「インターネット統治権の所在」のように,今後重要性を増す事柄への問題意識を喚起したという功績はあるかもしれない。