インターネットで金が集まる――。無名の大統領候補がネット経由で多大な選挙資金を調達したことで,米国の政界が色めきだっている。

 来年11月の投票を目指して本格的な選挙戦に突入した今月,民主党予備選を戦っているハワード ディーン候補が暴挙とも見える賭けに打って出て,周囲を驚かせた。政府から候補者に支給されるPublic Matching Fund(公的選挙資金,以下Public Fund)の受け取りを辞退したのである。これは民主党の予備選史上,初めてのことだ(米国の大統領選挙システムでは,現職大統領と対立する党がまず予備選(Primary)を実施し,これを勝ち抜いた候補者が11月の本選投票で現職大統領と戦う。今回,現職のブッシュ大統領は共和党なので,予備選を行うのは民主党になる)。

 元バーモント州知事のディーン候補がPublic Fundをあえて蹴ったのは,選挙資金集めに拘束を受けたくなかったからだ。Public Fundは各候補者に最高で1900万ドル支給されるが,これを受け取ると予備選期間中に使える選挙資金に4500万ドルの上限が課せられる。昔なら,これくらいのお金があれば十分に選挙を戦えた。しかし来年,再選を目指す共和党のブッシュ陣営は2億ドル以上の選挙資金を調達すると見られている。

 まずは民主党内での候補者を決めるための予備選とはいえ,レースの先頭を走るディーン候補としては,ブッシュ陣営との戦いも事実上始まっていると言ってよい。4500万ドルの上限を課せられたのでは,とてもブッシュ陣営に太刀打ちできないのである。

ネットで選挙資金を調達,他候補も追随

 ディーン陣営はここまで自力で,2500万ドルの選挙資金を調達している。そのほとんどが,自らのホームページ上で募った政治献金だ(Blog for Americaというブログも公開している)。今のまま行けば,大統領選挙期間を通じて1億ドル以上もの資金を集めそうな勢いなのだ。自力でここまで選挙資金を調達できるなら,何もPublic Fundを貰って余計な拘束を課せられる必要は全然ない。そこで,それを受け取らないことにしたのだ。

 ディーン陣営では1億ドルどころか,ブッシュ陣営の向こうを張って「最終的には2億ドルを調達する」と宣言している。もしこれが実現すれば大変なことである。というのは,ブッシュ陣営が政治資金規正法の上限である一口2000ドルの大口献金に頼っている。しかもそのほとんどは,ブッシュ政権を支える財界の大物達が組織的に調達した金だ。これに対し,ディーン陣営に寄せられる政治献金のほとんどは一口100ドル以下の小口献金なのである。これによって2億ドルを達成しようとすれば,少なくとも200万人の献金者を集める必要がある。米国総人口の2%に当たる数だ。

 やや常識離れした挑戦とも見える。しかし今のペースだと,それもあながち不可能とはいえない。ディーン候補への政治献金の勢いがどんどん増しているのだ。予備選が始まって間もないころは月間100万ドル程度だったが,「Public Fundは要らない」と宣言した直後には,何と「2日間で500万ドル」が集まった。

 これを見た上院議員のJohn Kerry候補も,Public Fundの受け取りを辞退した。さらに元NATO軍総司令官のウェズリー クラーク候補も,彼らの後を追ってPublic Fundを拒絶する模様である。上限無しの「選挙資金」調達競争が始まったのだ。

「Public Fundシステムが形骸化する」との批判への反論

 テキサスの名門で富豪,しかも財界からの太い献金パイプを持つブッシュ現大統領は,もとよりPublic Fundなどに頼るつもりはない(前回2000年の選挙の際,既にこれを蹴っている)。今回,恐らく民主党候補もこれを使わないとなると,Public Fundシステムが形骸化してしまうとの批判が出始めた。

 本来,同システムの役割には二つあって,一つは選挙資金に上限を課すことによって,金権政治を抑止すること。もう一つは候補者に資金援助をすることによって,選挙資金集めの苦労から解放してあげることだ。すなわち「金を集めることより,手間暇かけて有権者に政策を訴えるなど,もっと有意義な選挙活動をしなさい」という意図である。Public Fundシステムが事実上崩壊すれば,この二つの目的も失われて,大統領の椅子はカネで買われることになってしまう。批判とはつまり,そういう意見である。

 ブッシュ陣営はこうした批判など,最初から「どこ吹く風」で聞き流している。問題は民主党の有力候補となったディーン陣営の立場にある。ブッシュ大統領に対抗する立場上,なるべく金に頼らないクリーンなイメージを前面に出したいが,「Public Fundシステムの否定」はそうした本来とるべき戦術と相反するものだ。この批判に対しディーン候補は「我々の選挙資金調達方法は,従来のやり方と全然違うので,金権に陥ることはない」と反論している。

 彼はこの点について,二つの理由を挙げている。一つは「インターネットを使った政治献金集めは極めて効率的で,それほどの手間はかからない」ということ。これによって「候補者が資金集めに忙殺されるのではないか」という批判はかわせる。もう一つの理由は,「我々に寄せられる献金はいずれも小口なので,妙なヒモ付きになる危険性はない(No Strings Attached)」ということだ。確かに「100ドル以下」の献金なら,「ヒモ付き」になりようがない。きれいごとに過ぎる感もあるが,今までのところ,実際その通りになっているのだ。

どのようにネットを活用しているのか?

 ディーン陣営がインターネットを効果的に活用しているのは間違いないが,そのWebサイトが特に優れているわけではない。例えばディーン候補の街頭演説などを録画したビデオがサイト上で見られるが,この程度の工夫はどの候補者もやっている。重要な点は,サイトの出来栄えよりも,むしろディーン陣営が「インターネットを選挙に活用するコツ」をわきまえている点にある。

 例えば彼らは選挙戦の序盤で,Meetup.comというWebサイトをフル活用して,ボランティアを中心とした支援者の輪を拡大していった。Meetup.comとは,従来サイバー・スペース上で開かれていた,いわゆるディスカッション・グループを,実空間に移動したサービスだ。「政治」「スポーツ」から「ビデオ・ゲーム」まで,様々なテーマを決めて多数のディスカッション・グループを作る。その上で各グループの主催者が,「何月何日の何時から,どこそこのカフェで討論集会を開くから,時間のある人は来て下さい」とサイト上に告知を出す。それを見た人達が気軽に集まり,色々話し合って交流を深める,という仕組みになっている。

 Meetup.comのトピック順位を見ると,「Dean in 2004」という項目がトップにランクされている。これは元々,ディーン陣営の選挙参謀が立ち上げたグループで,これの参加者は全米で既に14万人以上まで膨れ上がった。彼らは集会でお喋りをするうちに徐々に結束し,全米各地のディーン支援組織という形に成長した。

 ディーン候補の選挙資金集めから,彼が遊説に訪れるときには,その下準備までして同候補を支援してくれる。しかも無償である。「こんなにうまい選挙活動は他にない」とばかり,Clark陣営でもこれを利用し始めた。彼らのmeetup groupは参加者の数で2位につけている。さらにその下のランクを見ると,あきれたことに,今度の予備選に出馬した候補がすべて名前を連ねている。うまく行くことが分かったので,みんながディーン候補の真似をしたのだ。これは新たな選挙手法として確立されたといっていいだろう。

「極めて単純なメッセージ」をネットで発信し続ける

 ディーン陣営のインターネット活用において,もう一つ上手な点は(そして恐らく,こちらの方がより本質的な点と思われるが),「極めて単純なメッセージ」を有権者に発し続けていることだ。例えば今現在,米国民の一番の懸念材料は「泥沼化したイラク統治」である。毎日のように,米国の兵士がイラクで死んでいる。戦争を始めたブッシュ大統領にとって,選挙を戦う上での最大の弱みはここにある。

 ディーン候補はこの弱点を徹底的に突いている。彼は最初からイラク戦争に反対を表明した政治家の一人である。街角の演説,ホームページ上から発するメッセージ,候補者のテレビ討論会・・・あらゆる機会を通じて,ディーン候補はこう訴える。「私が大統領になったら無意味な戦争はしません。戦地で若者を,これ以上死なせたくなかったら,私を大統領にしてください。我々への政治献金はWebサイトで受け付けています。アドレスは・・・」

 確かに,こう言われれば「100ドルくらい献金してみようか」という気になる。誰にでも理解できる単純な選挙公約が,目標達成への鍵となる。このやり方に対しては「ファシズムのような扇動政治」を招きかねない,という懸念も聞かれる。その一方で「候補者の政策に基づく,理想的な選挙手法だ」との評価も高い。もしディーン候補が,財界の巨額援助に支えられたブッシュ大統領を打ち負かすことになれば,有権者一人一人の意見が国を動かす真の「草の根」政治が,インターネットによって実現したことになる。