米国では今月24日から,固定電話の番号を携帯電話へと移行できるようになる(関連記事)。そればかりではない。以前,このコラムでも紹介したように,自分が今使っている携帯電話の番号を保持したまま,違うワイヤレス・キャリア(携帯電話業者)へと乗り換えることができるようになる(関連記事)。いずれもFCC(連邦通信委員会)が新設した「電話番号ポータビリティ(Local Number Portability)」制度による。

 すなわち米国民は,ある電話番号を自らのIDのようにキープして,固定電話から携帯電話,さらに別の携帯電話業者へと乗り換え,あらゆるサービスやキャリアを試すことができるようになる。当初,ポータビリティ制度の恩恵にあずかるのは,100大都市地域の住民だけ。それ以外の地方で施行されるのは,半年遅れの来年5月24日となる。

 この制度変更によって,米国の電話産業は未曾有の大競争時代,あるいは(少なくとも,しばらくの間は)大混乱時代に突入するだろう。まず予想されるのが,固定電話から携帯電話へと乗り換える人たちが急増することだ(関連記事)。米国で携帯電話しか持ってない人の比率は,全利用者の3~7%(450万人~1050万人)くらい(FCC調べ)。新しい制度のもとでは,この数字が急増すると予想される。

 米国で携帯電話の利用者数は2002年に約1億4080万人で,前年比で約10%増。一方,固定電話の利用者数は1億8750万人で前年比2%減。今回の新制度導入によって,切り替えに弾みがつくのは確実だから,来年の今ごろは携帯と固定の利用者数が逆転しているだろう。

大量の変更処理でトラブルが多発,との見方も

 もっとも大変化には痛みがつきもの。当初は相当の混乱が予想される。初日の24日だけで数百万人がキャリアを乗り換える見込みである。また,開始1年で6000万件の変更処理が発生する,という予測もある(関連記事1関連記事2)。

 だが,これがスムーズに進むと見る専門家はいない。電話番号がある通信業者から別の業者に引き継がれるに際しては,両者の間で利用者情報の引渡しに伴う,込み入った手続きが必要になる。これが短期間で洪水のように押し寄せれば,間違いが起きないほうがおかしい。二重課金のようなトラブルが多発する恐れは十分にある。

 この過渡期を何とか乗り切れば,一般利用者にとって理想的な時代が到来する。サービスの良しあしなど比較した上で,その時々に応じて,最適なキャリアを選べる。嫌なら,また変えればいい。その際,自らのIDである電話番号を変更する必要がないから,うっかり取引先や知人とのコンタクトを失う心配もない。

 一方,キャリア(通信業者)側は戦々恐々としている。利用者によるキャリア乗り換えが容易になれば,その分,客の奪い合いは激しさを増すからだ。24日が近づくに連れ,客の引止め合戦は活発化し,様々な景品や格安料金プランなどを餌にして,利用者に長期契約を結ばせようとしている。競合他社と比べて,ちょっとでも割高あるいはサービスが劣るということがわかれば,利用者はすぐに乗り換えてしまう。

 番号ポータビリティを実現すること自体にもかなりのコストはかかる。その上,競争に打ち勝つためには料金値下げとサービスの向上が必要で,それに伴って利鞘は縮小する可能性がある・・・。考えれば考えるほど,通信業者にとっては頭の痛いことばかりだ。

 しかしある時期を過ぎれば,乗り換えブームも沈静化し,業界は落ち着きを取り戻すだろう。固定電話にもそれなりの長所はあるので,利用者がなくなってしまうことはない。最大の長所は通信の信頼性である。固定電話の信頼性は一般に5-9(5つの9が並ぶ),すなわち99.999%に達すると言われる。10万回に1回の割合でしか,通話不能になることがないのだ。これに対し,携帯電話はしょっちゅう通話が途切れる。緊急時などに備え,いつでも必ず話せるという状態を確保しておくには,固定電話を止めてしまうわけにはいかない。あるいはファックスやDSLを使うためにも,固定電話用の回線はキープしておく必要がある。

利用者へのメリットは大きいが,コストは誰が負担する?

 余談だが,私の知人で携帯電話を意図的に使わない人がいる。自宅の固定電話ですべて済ませている。それなりの理由があって,そうしているのだという。彼はごく短い期間,携帯電話を使ったことがあるのだが,「自分には向いていない」と思ってやめたそうだ。

 携帯電話で話すと,反射的に即答してしまう。あわてて間違ったことを言ったりするなど,悪い結果に結びつくことが多かったそうだ。むしろ自宅の留守録を聞いて,しばらく考えてから返事をした方が良い結果を生むという。つまり一拍,間を置いたほうがいいのだ。もちろん携帯電話を受けても,「少し考えさせて下さい」と言えば済むことだが,なかなか言いにくい。それで携帯を止めたのだそうだ。

 その一方で,彼の方から誰かに電話をかける場合には,相手が携帯電話を所持しているのは好都合だという。話したいときには,まず相手につながるからだ。彼に言わせると,「携帯電話は『誰かを使う者』よりは,『誰かに使われる者』のためにある」という。どちらかと言えば偏見だが,一理はある。

 例えば,どんなに便利な携帯電話でも,休日まで上司から呼び出されて「ああしろ,こうしろ」と言われたのでは,隷属の道具と化してしまう。そんなことなら,「僕は携帯,持ってません」と開き直った方がマシだろう(まあ大抵の人は,そういうわけにいかないだろうが)。

 実際,FCCのポータビリティ制度では,今の電話番号を維持したまま,携帯電話から固定電話への乗り換えも可能にしている。コミュニケーションのツールは,その人なりの考え方やライフスタイルに応じて自由に選択できたほうがいい。電話番号ポータビリティ制度はそうした環境を育む上で,格好のシステムとなるだろう。

 日本でも番号ポータビリティの是非をめぐって議論が始まっている(関連記事)。これは以前にも書いたことだが(記事へ),番号ポータビリティを実現するためにどれだけのコストがかかるのか,それを誰が負担するのか(利用者の負担増はどうなるのか),といった点には注意が必要だろう。