売り上げの減少に歯止めがかからないレコード業界が,ついにCDの値下げに踏み切った。世界最大の音楽レーベルであるUniversal Musicは先週,「CDの出荷価格を25%値下げする」と発表。「CD値下げ」は史上初の“暴挙”(消費者にとっては快挙)なので,世界のレコード業界に衝撃が走った。ライバルの大手レコード会社が「後追い値下げ」に踏み切るかどうかは不明だが,今後の動向に強い関心が注がれていることは言うまでもない。

 今回,UniversalはCDアルバムの出荷価格を,従来の12ドル2セントから9ドル9セントに下げる(10月から)。この結果,レコード店での推奨小売価格は,従来の17,8ドルから13ドル前後まで下がる見通しだ。

 日本ではいわゆる再販制度(再販売価格維持制度)によってCDの小売価格は固定されているが,米国ではレコード店が自由に値下げできる(というより先進諸国の中では,むしろ日本の方が例外)。特に価格競争力のある大型レコード店では,Universal発売のCDアルバムは,今後10ドル(約1200円)前後まで値下げされるケースが出てくる。日本での価格に比べると,まさに「衝撃的な安さ」と言える。

オンライン音楽配信との関係は?

 Universalの新たな値付けは,オンライン音楽配信の最新動向も見据えた上での計算に基づいている。

 毎月200万曲を売り上げ,オンライン音楽事業として最初の成功を収めた米Apple ComputerのiTunes Music Storeの場合,1曲の値段は99セント(関連記事)。後発のBuyMusic.comでは曲によって値段は違うが,最も安い曲なら79セント。一方,CDアルバムに平均13曲が収められていると仮定すれば,アルバム1枚10~13ドルという小売価格は,ちょうど1曲が77セントから1ドルに相当する。すなわちUniversalの音楽CD価格は,現在のオンライン配信市場を正確に反映しているのだ。

 しかし実は,両者を単純にマッチさせるのは誤りである。なぜなら同じ音楽を売るにしても,従来のCDでは製造から流通,小売販売に至る過程で,人件費を中心に多大なコストがかかっているからだ。オンライン配信事業では,このコストを大幅に削減できるはずなので,本来ならCDビジネスよりも1曲当たりの価格は安くできる。

 今回,Universalがかなり無理をしてCDを値下げしたとしても,まさか赤字覚悟ではあるまい。何とか事業として成立する範囲に留めておいたはずだ。ということは逆に見れば,オンライン配信の価格は今より,さらに下げてもビジネスとして成立することになる。

 このようにCD(古いビジネス)とオンライン配信(新しいビジネス)が競い合うように値段を下げるという,レコード業界にとってまさに「地獄行きのデフレ・スパイラル」に陥る可能性がある。最終的にどこまで下がるのか。米国の専門家の間では,「1曲18セントまで下がる」と予想する向きもある(Wired Newsより)。音楽の値段がここまで下がれば,インターネット上の「価格ゼロのサイバー闇市」にも対抗できるというのだ。

オンライン配信を中心とした新たなビジネス形態への転換期に

 もっとも「デフレ・スパイラル」は,今のところ「可能性」の域を出ない。UniversalのライバルであるSony Music,WARNER MUSIC,EMI Recorded Musicといったレコード会社が,すぐに「後追い値下げ」する気配がないからだ。

 レコード業界にとって有利な点は,音楽がミュージシャンへのファンの支持に基づく非常にユニークな商品であるということだ。このお陰で,商品の値決めが直に市場シェアに影響を与えることは起こりえない。つまりUniversalがいくらCDを値下げしたところで,同社に所属するミュージシャンのファンでない消費者は,決してUniversalのCDを買わないということだ。逆に,例えばWARNER MUSICに所属するミュージシャンのファンである消費者は,UniversalのCDより高くても,このミュージシャンのCDを買うだろう。

 しかし,よくよく考えると,この見通しは甘い。すなわちWARNER MUSICのミュージシャンのファンが「何だよ,あっち(Universal)が値下げしたのに,こっちは(WARNER MUSIC)は高いままかよ。それなら,もうCD買わないぞ」とヘソを曲げて,一挙に“サイバー闇市”に流れてしまうかもしれない。こうなるとUniversalの競合他社も値下げせざるを得なくなり,実世界とサイバー空間を往復するデフレ・スパイラルの悪夢が,にわかに現実味を帯びて来る。

 このように,どこまで行っても,ネット上の音楽闇市がレコード会社に悪霊のように付きまとい,「もっと下げろ,下げろ」と地獄に足を引っ張るのである。

 こうした値下げ競争の行き着く先は,レコード業界全体がオンライン配信を中心とした新たなビジネス形態へと生まれ変わることだ。合理的に考えると,どうしてもそういう結論に到達せざるを得ない。CDの製造・流通・小売などに伴うコストを無くさない限り,音楽商品の価格を8割以上も下げることなど絶対に不可能だ。

 もちろん「1曲18セントという某専門家の仮定自体が,過激で非現実的だ」という批判は当然あろう。しかし「NapsterやKaZaAの登場」「iTunes Muisic Storeの成功」,さらに今回の「CD大幅値下げ」という一連の動きを素直に眺める限り,流れは明らかに急激な「薄利多売」化に向かって勢いを増している。

オンライン配信事業に消極的な日本の音楽業界

 一方,日本のレコード業界は,米国の急速な変化に完全に取り残されている。日本のレコード会社はオンライン配信事業に全くと言っていいほど,期待も力も注いでいない。たとえば東芝EMIはつい最近,同社が中心になって始めた有料音楽配信サイト「du-ub.com」を閉鎖した。これは現在から未来に向かう流れに,真正面から逆行する動きだ。

 こうした中,最近の日本レコード業界で唯一明るいニュースは,「グリコのオマケ」CDの成功である(江崎グリコ社のページ)。60~80年代にかけてヒットした懐メロのシングルCDを,グリコが自社製チョコレートのオマケにつけたら,このチョコが爆発的に売れた。お陰で昨年まで落ち込んでいたシングルCDの出荷枚数が,今年7月には前年同月比の6倍以上に跳ね上がったという。

 「CD生き残り」に賭けるレコード業界の努力にケチをつけるつもりは毛頭無いが,何というかその,CDを守るという「後ろ向きの視点」に立脚していると言わざるを得ない。なぜ未来に向かって大胆に舵を切ろうとしないのか。懐メロのオマケCDによる浮揚効果は,ごく一時的なものに過ぎない。今のままでは,日本のレコード業界の将来は危ない。