今や,ハリウッドを中心とする映像メディア産業の主力商品に成長したDVD。このプロテクション(コピー防止機能)を外すソフト(ツール)が,正規の流通網を経て出回り始め,業界関係者らの神経を尖らせている。

 つい最近ではTRITTON Technologies社が,英国製『プロテクション外し』ソフトを出荷すると発表。それ以前に発売された米321 Studio社製の同種商品,さらにはインターネット上に出回るフリー・ソフトまで含めると,おびただしい数の「プロテクション外し」ツールが一般消費者の手の届く範囲にある。

 今回はここに至るまでの一連の訴訟など法的背景を中心に,現在の映像メディア産業が直面するデジタル・コピー問題全体を俯瞰(ふかん)しよう。

危機感を募らせる映像メディア産業

図1
図2
 MPAA(Motion Picture Association of America)の推計によれば,DVDソフト商品などを不法コピーした海賊版による損失額は,世界全体で年間30億ドル以上に達するという。

 もっとも映像メディア産業は音楽レコード産業ほどにはデジタル・コピーの被害を受けていない。4年続けて売り上げが減少し,ピーク時から通算20%も落ち込んだ米レコード業界とは対照的に,米映画産業は90年代後半から2002年まで連続してボックス・オフィスの売り上げ(興行の売り上げ)が増加している(2002年は95億ドル)。またDVDソフトの売り上げも,年率100%増に近い驚異的な成長を続けている(図1)。

 とはいえ,映像メディア産業が今後とも安泰とは言えない。むしろ業界関係者は日増しに危機感を募らせている。音楽レコード業界と同じ轍を踏まないためにも,今からDVDの違法コピー対策を強化しておく必要がある。逆に言えば,「今のうちから対策を整えておけば,まだ間に合う」という考えがハリウッドにはある。

 今のところ海賊版ソフトの大半は,空のビデオ・テープやDVDという物理的媒体に焼き付けられて出回っている。映像ソフトのデータ容量が大きすぎて,音楽のようにインターネットのファイル交換サービスでやり取りするのが容易ではないからだ。

 実際,KaZaAなどを使って1本2時間程度の映画ビデオを入手しようとすれば,ダウンロードに要する時間は映画の上映時間の何倍にもなるだろう。大方の人はその前にあきらめて,キャンセルしてしまう。このため今現在,こうした“サイバー闇市”で映画ソフトなどを盛んに交換し合っているのは,キャンパスの高速回線が使える大学生など一部の利用者に限られる。

 しかし今後ブロードバンドさらに普及し,回線速度も上がれば,一般の人も“サイバー闇市”で映画ソフトを入手できるようになり,海賊版の被害は桁違いに大きくなるはずだ(米国のブロードバンド普及状況は図2参照)。

米国の新著作権法では「プロテクション外し」ツールの製造・流通を禁止

 そうなる前に,いわば水際で被害の芽を摘み取っておくために,MPAAはここ数年,猛烈な「不法コピー」狩りを行っている。2000年には,全米に散らばる6万もの海賊版業者(個人も含む)の捜査を進め,そのうち1万8000の業者宅に警察と共に踏み込み,業務閉鎖を迫った。

 MPAAは,海賊版を根元から絶つ対策にもぬかりない。1999年にDVDのプロテクションを外す「DeCSS」プログラムがネット上に流布されると,これを掲載したWebマガジンなど複数の業者(個人も含む)を告訴。こうした業者は自らDeCSSを開発したわけでもないし,それを売ってお金を儲けていたわけでもない(開発したのはノルウェーの少年だった)。しかしMPAAは「たとえ公開するだけでも違法行為に当たる」と主張した。

 1998年に制定された米国の新著作権法DMCA(Digital Millennium Copyright Act)では,「プロテクション外し」ツールの製造・流通を禁じている。この法律に則り,ニューヨーク州などいくつかの地方裁判所は,MPAA側の主張を認めた。すなわちDeCSSをWeb上に掲載した業者に,その削除を命じたのである。

 こうした業者のほとんどは一審判決に従い,Web上からDeCSSを削除した。ところがカリフォルニア州の男性被告だけは控訴し,二審で逆転判決を勝ち取った。控訴裁の判事は,「DeCSSの削除命令は,表現の自由を保障した合衆国憲法の修正第1条に反する」と判断したのだ。

 この一方で同判事は,「DeCSSは映像メディア産業にとってtrade-secret(企業秘密)に当たる」というMPAAの主張は受け入れた。すなわち「『表現の自由』は『企業秘密を守ること』に優先する」というのが,二審判決の主旨だった(アマチュアの少年プログラマが開発したDeCSSを「trade-secret」と呼ぶのは不可解に思われるかもしれない。しかし,そのコードの中に「企業側の開発した」コピー防止機構が含まれているので,DeCSSをtrade-secretと認めたのだ)。

 当然ながらMPAAは上告し,審理はカリフォルニア州の最高裁まで持ち込まれた。つい先日の8月25日にその判決が下され,今度はMPAA側の再逆転勝訴となった。控訴裁とは逆に,最高裁の判事は「『表現の自由』は企業秘密を公開することまでは許していない」と判断し,一審の削除命令を支持した。

あいまいな法的状況を突いて「プロテクション外し」ツールが発売へ

 これだけなら一件落着のはずだが,ややこしいことに同判事はまた「『DeCSSはtrade-secretである』という控訴審判決には疑問が残る」として,この点についての再審を控訴裁に命じた。つまり裁判の差し戻しである。仮に再審で「DeCSSはtrade-secretに該当しない」という判決が下れば,再々逆転でDeCSSプログラムはインターネット上に掲載できる可能性が残されている。

 実際のところ,DeCSSプログラムを掲載したWebサイトはネット上にゴマンと存在する。1999年にMPAAが告訴したのは,それらのごく一部に過ぎない。これらが削除されても,「焼け石に水」で大勢に影響はない。すなわちDeCSSは今や公然の秘密だから,常識的にはtrade-secretなどと呼べた代物ではないのだ。

 結局,以上のように曖昧(あいまい)模糊とした法的状況をついて,一連の「プロテクション外し」ツールが発売になったのだろう。しかしDeCSSのようなフリー・ソフトと,れっきとした商品とでは,重みが全く異なる。商品として発売されることは,DVDのプロテクション破りが堂々と市民権を主張することを意味するのだ。

技術革新に対して現行の法律は無力

 ここに至るまでの道筋を振り返ると,技術革新に対する法律の無力さを感じる。いくら違法判決を下されたところで,「プロテクション外し」ツールはWeb上ではびこり,あげくの果てに商品として正規流通網に乗るありさまだ。

 結局,コンテンツを守るためには,法律よりもまず技術面を整備することが必要とされる。この点において,そもそもDVDのプロテクション自体が甘過ぎるのではないか。DeCSSはTシャツやネクタイの絵柄に納まるほど,短くシンプルなプログラムだ。

 短ければ簡単とは限らないだろうが,それほどあっけなく外されてしまうプロテクション技術は,やはり未成熟と言わざるを得ない。ソニーのPS2が発売当初,意図しない形でDVDソフトからビデオ・テープへのコピーを可能にしたように,ほとんど偶然にプロテクションが破られてしまうケースさえある。

 映像メディア業界(IT製品のメーカーも含む広い意味で)は力ずくの訴訟で海賊版の制圧を図る以前に,より完成度の高いコピー防止技術の開発に注力すべきであろう。