日本ではカメラ付き携帯電話による盗撮騒ぎが頻発している。つい最近では「雑誌の盗撮が横行し,書店が悲鳴を上げている」といった事件が世間の耳目を集めた。それでなくても,女性のスカートの内側をこっそり撮影した男性が逮捕されるといった類の事件なら,それこそ毎月のように新聞の片隅に載っている。

 しかし,これは日本だけの現象では収まりそうもない。先日のLos Angeles Times紙にも,似たような記事が掲載されていた。それによれば,ロサンゼルスからニューヨークまで大都市にチェーンを広げる高級アスレチック・クラブが,会員に対し,カメラ付き携帯電話の持ち込みを禁止したという。このクラブの会員には,タレントをはじめとした著名人が多数いるが,彼らが盗撮されるのを防止するためだという。

 このアスレチック・クラブが恐れているのは,盗撮された写真がインターネット上に出回ることだという。たとえば有名人がロッカー・ルームで着替え中のところを知らない間に撮影され,そのパパラッチ写真がいつの間にかネット上のファイル交換市場で取引される,といった事態だ。そう言われてみると,いかにも起きそうな話である。

ネットを舞台にした悲惨な“悲惨な精神的リンチ事件”も

 これは盗撮騒ぎとは別の話だが,先日カナダのケベック州で15歳の高校生が「恥ずかしいビデオ映像」を同級生によってネット上に流され,立ち直れないほどの精神的ダメージを受ける,という事件があった。

 映画「スター・ウォーズ」のファンである同少年は,悪役に見立てたゴルフ・ボール回収機を相手に,ライト・セイバー(光の剣)を振り回しているシーンを自らビデオ・テープに収録した。何でもこれは自主映画制作クラスの課題だったようだが,教室の棚に収められた同君のビデオ・テープを悪友が盗み出し,デジタル化してファイル交換サービスのKazaaにアップしたという。

 この高校生はかなりのオーバー・ウエイトだったとのことで,彼が巨体を揺らして,自分の口から発する「シュッシュ」という効果音と同時に剣を振り回す姿は,ネット上での格好の「慰み物」になってしまった。おまけにデジタル化されているものだから,第三者がCGなどで加工して,ますます滑稽なビデオとなってネット上に流布した。

 おかげで彼は学校の同級生にからかわれたり,嫌がらせを受けたりして,すっかりマイッてしまった。ついには居づらくなった高校の退学を余儀なくされ,精神科クリニックに通うまでに至ったというから尋常ではない。

 彼の両親は,ビデオをネット上に流した同級生4人の親たちに対し,総額16万ドルの慰謝料を請求する訴訟を起こした。訴訟文によれば,この少年は「生涯癒すことのできない心の傷を負ったため,社会復帰が危ぶまれる」とされる。これはもはや,「同級生をからかう」といったジョークの域をはみ出ている。

 しかし,ジョークがジョークでなくなったのは,訴訟が起きた段階ではなく,この4人がビデオをKazaaにアップした時点であったろう。一昔前なら,ちょっとしたいたずらで終わったはずのことが,インターネットの途方もない情報伝達力によって,悲惨な精神的リンチ事件へと変貌してしまった。この4人だって,まさかこれほどの事態に発展するとは思っていなかったはずだ。

便利なモノへの警戒感が薄れていないか

 カメラ付き携帯電話にせよインターネットにせよ,あっけないほど容易なキー操作が,けた違いに強力でネガティブなパワーを持ってしまう。日本では「盗撮した写真をネットに流すぞ」と脅して,女性に下着を要求するといった変態事件が何度も起きている。

 かといって,これらのITを使用禁止にするのも筋違いだろう。正しく使用されれば,これほど便利な商品はそうあるまいが,それが悪用された時の威力はさらに倍増する。「何とかとハサミは使いよう」の時代から,これは変わることのない真実だが,時代と共に変わりつつあるのは,便利なモノに対する警戒感の希薄化かもしれない。

 尖鋭なハサミが殺人にも使えるのは誰の目にも明らかだが,あの小さくて可愛らしい携帯電話機に,これほどの社会的暴力を振るう力があるなどと,誰に想像できただろうか。こういう使われ方をして一番悲しい思いをしているのは,カメラ付き携帯電話などの開発者たちのはずだ。