利用者が携帯電話会社を変えても,同じ電話番号を維持できる――いわゆる「番号ポータビリティ制度」が,米国で今年11月から実施される可能性が高まった。1996年に米FCC(連邦通信委員会)が同制度を創設して以来,携帯電話会社や業界団体の執拗な抵抗にあって,制度の実施が3回も延期されてきた。しかし先週,業界最大手のVerizon Wireless社がそれまでの反対姿勢から180度転換し,「番号ポータビリティ制度」の支持を表明した。

 「これによって大勢は決した」と見る業界関係者は多い。Verizonをはじめとした米国の携帯電話サービス各社は,早くも「番号ポータビリティ制度」実施に向けた設備投資に着手している。

 携帯電話の「番号ポータビリティ制度」については,日本でも総務省が2001年ごろから検討している。当時は「2003年をメドに実施する」と言われたが,現在に至るまで実現していない。やはり米国同様,携帯電話業界が難色を示したためだ。しかし米国で実施されれば,それは当然日本の政策にも大きな影響を与えるだろう。米国でやれたことが日本でやれないはずはないからだ。

米国では約1000万人が携帯電話会社を変更?

 たかが携帯電話番号を維持できることが,それほどの大事件なのか――そんな気にもなるが,実際,今まで,この制度が無かったために,携帯電話会社を変えたくても変えられない人がたくさんいた。米Yankee Groupの試算では,ポータビリティ制度の実施と同時に,米国では約1000万人の利用者が携帯電話サービス会社を変更する見通しだ。逆に言えば,それほどたくさんの利用者が,現在の携帯電話会社のサービスを我慢して使っている,ということになる。

 携帯電話番号を変えれば,友人,知人から仕事上の付き合い先まで,たくさんの人たちに新しい番号を教えなければいけない。特に外回りの営業などをしている人にとって,携帯電話番号は「自らのID」と呼んでも過言ではあるまい。それを,そう簡単に変えるわけにはいかない。もし携帯電話会社を変えることが即,電話番号の変更を意味するなら,利用者が二の足を踏むのは当然である。

 これまで携帯電話会社は,そうした利用者の“弱みにつけこんで”,本来すべき設備投資を怠ってきた。特に国土が広大な米国では,いまだに携帯電話の利用不能地域が多く存在する。こうした通話不能地域を多く抱える携帯電話会社のサービスでも,上記のような理由から,今まで利用者は我慢して使ってきた。しかしポータビリティ制度が実施されれば,利用者はあっさりと別の会社に切り替えるようになるだろう。これによって業界内の健全な競争が促進され,業界全体のサービスがレベル・アップするはずだ。

 しかし逆に携帯電話会社側から見れば,それは余計な設備投資と競争激化による体力の消耗を意味する。できるなら,今のまま「ぬるま湯」にひたっていたい,というのが本音であろう。米国の携帯電話会社が,「番号ポータビリティ制度」に猛反発したのは当然である。彼らはまずFCCに対し,制度実施の延期を申し出た。「そのために必要な設備投資が膨大な額に上る」というのが,その理由である。FCCは自分で言い出しておきながら,こうした企業に妙に甘いところがあり,こうした延期要求を3度も受理した。

 その間にCellular Telecommunications and Internet Associationを中心とする携帯電話業界は米国の裁判所に,「番号ポータビリティ制度」を無効とするよう訴えた。彼らの要求はまず下級裁で却下され,今月6日,ワシントンDCの控訴裁でも却下された。これを受けて,最大手のVerizon Wirelessがこの制度への支持を表明したのだ。

サービスに自信のある事業者にとってはチャンスとなり得る

 しかし2位以下のCingular,AT&T Wirelessといった業者は,今後とも抵抗する姿勢を崩していない。彼らはFCCに対し,「我々に番号ポータビリティ制度を強要するなら,その具体的なやり方(いくつかの技術方式があるようだ)を示してほしい。もしLabor Day(毎年9月の第一月曜日)までにそれが提示されなければ,我々としては再度の延期を申請せざるを得ない」と,逆に期限を切ってきた。

 もっとも,「こうした抵抗はもはや形ばかり」との見方が強い。これまでにしても,各社は表舞台では反対運動を続けながら,裏ではポータビリティ制度実施に備えて,既に設備投資を開始していた。こういうのは早い者勝ちで,もしどこかの会社が抜け駆けで始めてしまえば,そこが「客取りゲーム」で優勢に立つことは目に見えている。しかも,その会社が業界最大手のVerizonとなれば,大勢は決したも同然,との見方が強いのである。

 Verizonは業界最大のシェアを誇るのみならず,利用客のRetain Rate(引止め率)も最も高い。すなわち同社のサービスに加入した人は,他の携帯電話業者に流れにくいのだ。このように自らのサービスに自信のある業者にとって,「番号ポータビリティ制度」は,むしろライバルから客を奪うチャンスとなる。それを恐れていくつかのライバル企業が抵抗を続けても,その間に新規加入者の多くをVerizonが奪ってしまうだろう。元々サービスの評判が最も良い業者が,さらに柔軟な選択肢を提供すれば,客がそこに集まるのはごく自然の流れである。結局,2位以下の業者もVerizonに追従せざるを得なくなるのは目に見えている。

気になる料金増,「一人当たり2万円の負担」は本当か?

 こうした中,利用者にとって気になるのは,「番号ポータビリティ制度」導入に伴う料金増だろう。Los Angeles Times紙の記事によれば,米国の携帯電話業界では同制度の導入に伴うコストを「初期費用として10億ドル(約1200億円),翌年以降の維持費用として年間5億ドル(約600億円)」と見込んでいるという。こうしたコストがどのように算出されたか,その理論的根拠は明らかにされていない。

 この金額は,日本の総務省による「官民合同」勉強会が見積もった,日本におけるポータビリティ制度導入コストに近い。それによれば,日本ではポータビリティ制度の導入に伴い,1000億から1500億円がかかるという(読売新聞の2003年6月14日付けの記事より)。この勉強会では,「5年間で利用者の1割が携帯電話会社を変更する」という仮定に基づき,「番号を変更する利用者一人当たりで約2万円の負担になる」という,恐るべき試算を導き出している。もっとも,これは全部のコストを,利用者側に負担させた場合である。

 一方,米国のVerizonは「ポータビリティ制度」導入に伴う利用者の負担額は「月額10~15セント(20円未満)に抑える」と発表している。もちろん同社自らも,ある程度負担するのは間違いない。また日本との違いは,携帯電話会社を変更する人だけでなく,利用者全体でならして,広く薄く負担させる点にある。

 いずれにしても,やろうと思えば利用者の負担はここまで抑えられるのだ。こうなると日本の官民合同勉強会が示した「一人当たり2万円の負担増」は,そのまま鵜呑みにはできないデータに思えてくるのである。