IT商品の多様化や製品サイクルの短縮などに伴い,新しい種類の論理LSI(プロセサ)が必要となってきた。こうした中,注目を浴びているのが,Reconfigurable Chip(再構成可能な論理LSI,以下R-Chip)と呼ばれる変幻自在の“カメレオン・チップ”だ。汎用プロセサと違い,IT商品の目的や機能に応じて,自らの論理回路を書き換えてしまうLSIである。

IT商品の用途の多様化と,開発コストの削減に期待

 R-Chipの用途として,よく引き合いに出されるのが携帯電話だ。携帯電話の通信規格は世界各国で異なるため,例えば日本の商品がアメリカでは使えない。しかし旅行先の国に着くと同時に,携帯電話のLSIがその国の通信方式に適応して,自らを変えてくれれば,携帯電話は外国でも使えるようになる。

 これにはどうするかというと,利用者が無線インターネット経由で別規格のロジック(論理回路)をダウンロードすればよい。それが自動的にR-Chipに焼き付けられ,日本規格の携帯電話は瞬時にして外国規格に生まれ変わる(もっとも実際のR-Chipでは,これほど大ざっぱに変身するのではなく,もっと短い時間間隔でロジックが書き換えられている)。

 あるいはライフ・サイクルの短いIT商品では,消費者が毎度毎度,新品のハードに買い換える代わりに,プロセサのロジックだけを書き換えて,新品と同じ機能を実現するといった用途も考えられる。もっとも,これではもうからないので,メーカー側は出したがらないだろう。むしろロジックだけを書き換えた商品を,外観も変えて新商品として発売する可能性が高い。これによりメーカーは開発費をぐっと抑えることができる。

 さらに極端な応用例としては,いかなる目的にも使える汎用IT商品を開発し,これを買った消費者が,その時の目的に応じてプロセサを変身させて,ある時は「携帯電話」,ある時は「GPS」として使うといったケースも考えられる。実現するかどうかはさておき,今まで想像もつかなかった新たな地平を切り開く可能性を持つのがR-Chipである。

 R-ChipはIT商品の省エネ化にもつながる。R-Chipの論理回路はその瞬間の目的に対応して,全体のごく一部がSRAMを使った仮想論理ゲートを使って構成される。従って常に全体の論理回路を動かす必要のある,従来のLSIよりもエネルギーを節約できる。

新興企業と大手企業が開発競争に乗り出す

 しかし問題もある。必要に応じてチョコチョコと論理回路を書いたり消したりするには,絶妙のタイミング管理が必要とされる。この点で実験機なら誤動作が生じても問題はないが,商品化となると間違いは許されない。R-Chipの研究は大学を中心に,10年近く行われているが,なかなか,実験や研究の域を出なかったのは,そのためだ。

 90年代の後半から,この難しいR-Chipの商品化に取り組んできたのが,米国のQuickSilver TechnologyGateChange Technologies,Silicon Spice,英国のElixent,日本のアイピーフレックスといった会社である。

 こうした企業が開発したR-Chipが,いよいよ今年から来年にかけて実用化される。当面はデジタル・カメラやVCRなど,映像機器に組み込まれる見通しだ。IBMやインテル,日本ではソニー(NE ONLINEの記事)やNEC(NE ONLINEの記事)など巨大企業も取り組んでいる。また蘭Royal Philips ElectronicsがR-Chipを開発する米新興企業Systemonicを買収したり,富士通がアイピーフレックスに出資(NE ONLINEの記事)するなど,ベンチャー企業の買収,あるいは提携に動く大手企業もある。夢のカメレオン・チップが,新たなLSIブームを巻き起こすかもしれない。