「地殻変動」「地面の隆起」「地下水の水位の変化」「放射能」「動物の行動」そして「なまず」・・・。太古の昔から現在まで,「最悪の天災」とも言える地震を予知すべく,人々はわらにもすがる思いで様々な現象に着目してきた。それらのいくつかは,地震発生のメカニズムを解明する上で重要な役割を果たすとはいえ,いざ地震を予知するとなると,「迷信」の類と大差無い力しか持ち得なかった。

 これまで人類が巨大地震を予知したことが一回だけある。それは1975年2月に中国の遼寧省海城(ハイチェン)で起きた地震である。全く冗談のような話だが,この地震が起きる約2週間前から,冒頭に列挙した,ほぼ全ての要素が異常を示し始めたという。そこまで重なるのはさすがにおかしいと感じたのか,中国政府は地域住民に避難勧告を出したため,被害はかなり抑えられた(それでも約2000人が亡くなったという)。

 こうした予知材料の一つとして新たに注目されているのが,「Extremely Low Frequency(ELF)周波数帯での磁界変動」だ。これは1989年に,サンフランシスコやアルメニア共和国で発生した大地震によって,注目された。

 サンフランシスコ地震では,スタンフォード大学の地球物理学者が,後に震源地となる地点のELF周波数帯での磁界変動を偶然観測していたが,地震発生の2週間と3時間前に,電磁波の計測値が通常の14~20倍にはね上がったという。またアルメニア地震では,発生後に磁界の変動が観測された。とはいえ,ELF周波数帯での磁界変動と地震発生の因果関係は完全に証明されたわけでなく,その後,いくつかの巨大地震の際には,変動は観測されなかった。

 このELF周波数帯での磁界変動を使った「地震予知」衛星が,今月30日,ロシアのロケットに載って打ち上げられる。開発したのはカリフォルニア州パロアルトの新興企業,QuakeFinder社とスタンフォード大学の共同チームだ。「開発した」と言っても本格的実用化までには至らず,むしろELFが本当に地震予知に使えるかどうか確かめる,実験衛星としての役割を担っている。もちろん実験中,幸か不幸か,本当に大地震の予兆をとらえてしまう可能性もある。

多くの専門家は有効性に疑問符,ただし開発コスト削減の手法には注目

 この「地震予知」衛星,QuakeSatは打ち上げられた後,高度約600キロの軌道に乗る。地表から発せられたELFは成層圏と電離層を突き抜け,その辺りまで十分到達するという。今回,主な観測地域は地震の多いカリフォルニア州一帯だが,QuakeSatがその上空を通過するのは1~2週間に1回なので,常時監視することはできない。

 この辺りが実験衛星たる所以だが,仮に有効性が確かめられた暁には,同社は200基以上の観測衛星を打ち上げ,全世界をカバーする予定という。磁力計は,地上の活断層の周辺に配置してもかまわないが(実際,QuakeFinder社では,衛星に加え,地上にも磁力計を設置している),衛星に搭載した方が,観測範囲が格段に広がるという。

 しかし実際のところ,ELF観測の有効性については,地震学者たちの間では強い疑問が投げかけられている。地震の際にELF周波数帯での磁界変動の変動が観測されたのは単なる偶然と見る向きが多く,また地震とELF周波数帯での磁界変動の因果関係を理論的に説明できない点も影響している。

 むしろ今回の試みが評価されているのは,地震予知に対するアプローチの仕方である。簡単に言うと,開発方法を工夫してものすごく安上がりに済ませているのだ。

原型は大学院生たちが作り,高校生も磁力計の配置に参加

 QuakeSatの原型は,スタンフォード大学航空宇宙学科の大学院生が中心になって開発したCubeSatという全長1メートル程度の小型衛星だ。その部品には「日曜大工」用品店でも買えるような材料を使っている。

 QuakeFinder社では,QuakeSatの開発をそのまま学生たちに引き継がせ,それによって開発費を50万ドルに抑えた。仮に学生を使わなかったら,その2倍はかかったはずだという。さらに同社が地上に設置した磁力計だが,まずカリフォルニア州の高校に科学教材として配り,それを学生たちが活断層の周辺に置いて歩いた。

 どうしてこんな涙ぐましいコスト削減が必要かというと,要するにお金を調達するのが難しいからだ。地震学者たちはあまり大きな声では言わないが,地震を科学的に予知することがあまりに難しいことが分かってきたため,半ばサジを投げてしまったのが実情らしい。

 そのためベンチャー・キャピタルも,地震予知の技術には,進んでお金を投資してくれないのだ。この点については日本も同じで,例えば東海地震への対策方針も,従来の「予知」から被害を最小限にとどめる「対策」へと,重点が移っている。

 QuakeFinder社の試みが評価されているのは,そうした絶望的な閉塞感を打ち破ろうとする挑戦であるからだ。今は安上がりの予知衛星でも,仮に,万一,その可能性が示されれば,投資家もお金を出してくれるだろうし,政府も援助してくれかもしれない。最初は「針の一突き」のように小さな突破口でも,それが徐々に広がるように,今回の試みが新たな地震予知技術への端緒となることが期待されているのだ。