イラク戦争の大勢が決した。米国としては,戦後処理という課題に向き合うと同時に,報復テロへの対策も怠るわけにはいかない。その割には米政府の警戒態勢は緩いと感じる。今年の国防総省予算は約3800億ドル。一方,新設された国土安全保障省(Dept. of Homeland Security)の予算は約360億ドルと,国防総省予算の10%程度に過ぎない。

 テロに対する危機感は政府よりも,むしろ民間で高まっており,政府支出に航空会社など民間企業が投ずる金額を加算すると,米国におけるセキュリティ分野の市場規模は約600億ドル(世界全体では5720億ドル)に上るという(www.jones.comによる)。民間では全体として,政府予算に匹敵するセキュリティ投資をしているのだ。

 シリコン・バレーの調査会社Homeland Security Researchによれば,2008年には米国のセキュリティ市場は1200億~1800億ドルと,現在の2~3倍まで成長する見通しだ。ブッシュ政権になってから国防予算は増加に転じたとはいえ,ここまでの急成長はあり得ない。このため今後,軍事産業からセキュリティ産業に資金がシフトするのではないか,と見られている。これを見越してRaytheonやNorthrop Grummanなど伝統的な軍需産業は,セキュリティ市場への進出を加速している。

現在のセキュリティ技術は,テロ対策としてどこまで有効なのか

 こうした中,空港の手荷物検査システム,高度な監視カメラ,通信や情報処理分野における暗号技術,原子力施設などで使われる認証システム,テロリストを特定するための巨大データベースなど,様々なセキュリティ技術の開発に拍車がかかっている。問題は,これらの技術が本当に役立つのかという点にある。

 最先端のハイテク兵器を使ってわずか3週間余りでフセイン政権を打倒した米国だが,事がテロ対策となると,自慢のハイテクが頼りになるかどうかはまだ証明されていない。どれほど高度なセキュリティ技術も工夫次第で骨抜きにされてしまう可能性があるからだ。例えばバイオメトリクス(生体認証。指紋,顔の形状,虹彩などによって,本人であることを認証する)にしても,やすやすとだまされてしまう事例が報告されている。

 ドイツのハイテク雑誌c’tは,実際に記者たちが「あの手,この手」を使ってバイオメトリクス・システムをだます様子を紹介している。例えば虹彩認識システムに登録された人物の,顔の高精度写真を撮る。それを誰か別人が仮面のようにして顔につけ,偽物の目をカメラに近づけると,虹彩認識システムは登録者の目と勘違いして,立ち入り禁止スペースへの自動ドアを開けてしまう。

 あるいは指紋認識システムをだますには,まず机などについた登録者の指紋に,調度,警察の検査官が使うようなパウダーをかけて浮き出させる。そこに粘着テープをつけて指紋を固着し,これを指紋認識装置のリーダー・パネルに押し付けると,やはりドアが開いてしまうのだ。

 ハイテク兵器にロウテク兵器は全くかなわない。だが,ハイテク・セキュリティ装置は,現時点ではまだ,金のかからない工夫によって打破できる可能性を残している。