イラク戦争開始後,カタールの衛星テレビ局Al JazeeraのWebサイトに,異常なまでにアクセスが集中しているという(Lycos調査による)。他にもサウジアラビアのAl-Arabiya,アラブ首長国連邦のMBCなど,このところ中東諸国のメディアへの評価が高まっている。

 いずれも,戦死した米英兵士の写真など,西側メディアが敬遠する映像を流している。米国政府は「ジュネーブ条約違反だ!」と猛烈に抗議すると共に,米テレビ局に圧力をかけて,こうした映像を放送させなかった。しかし,これをテレビで見られなかった米国民は,Al JazeeraのWebサイトから見たのである(ちなみにAl Jazeeraは中東のみならず欧州でも数百万の視聴者を抱えているので,これらの地域の人々はショッキングな映像をテレビで見たはずだ)。

 こういう映像を見たい人の真の動機は不明だが,やはり戦争の実態を知りたいという理由も含まれているのではないか。

「命がけで戦争の実態を報道」には確かに評価が高いが・・・

 これらの残酷な映像を流した直後,Al Jazeeraの米国特派員は,ニューヨーク証券取引所とNasdaqからの市況報道ができなくなった。つまり「追放された」のである。しかし,これは序の口。やがて彼らの英語版WebサイトがDOS攻撃を受けてダウンした(Al Jazeeraはバックアップ・サイトを持っていたので,Webメディアの運営は継続できた)。

 ちまたではDOS攻撃の犯人は,反アラブのクラッカと噂されているが,英Guardian紙に掲載された手記によれば,Al Jazeeraの記者たちは「陰で糸を引いたのはペンタゴン(米国防総省)だ」と信じて疑わないそうである(同手記を書いたのは,Al Jazeeraの記者)。

 しかし攻撃がサイバー・スペース内で収まっている間は,まだよかった。この数日後,バスラ市内でAl Jazeeraの特派員が拠点にしているホテルが,米軍の空爆を受けた。九死に一生を得た彼らは,「米軍は,わざと狙ったのではないか」と見ている。

 Al Jazeeraはアフガン戦争の際も,カブールの事務所を米軍に空爆されている。このため,今回のイラク戦争ではあらかじめ米軍にホテルの住所を知らせた上,衛星のトランスポンダーに送る信号コードまで教えて,イラク軍の通信施設と誤認識されないように配慮した。それでも空爆されたのだから,疑いたくなる気持ちも分かる。もちろんペンタゴンは「不幸な間違いだった」と言っている。

 このように,命がけで仕事をするAl Jazeeraを始め,戦争の醜い実態を暴き出す中東のメディアへの国際的評価はうなぎ登りだ。最近では「お手柔らかな報道に終始する米国のCNNや英国のBBCより,よほどジャーナリスティックではないか」という声さえ聞かれる。

自国への批判はしない

 だが,このような評価を見る際には注意が必要である。実際のところ過大評価である。というのはアラブ・メディアが報道機関としての役割を果たせるのは,イラク戦争で見られたように,外国政府を非難する場合に限られるからだ。

 Freedomhouseという人権調査機関が世界各国のマスコミ事情を調査しているが,それによれば「中東地域には報道の自由は存在しない」という。というのは,中東のメディアはいずれも国営のメディアである。こうしたメディアは,自国政府(王室)を批判できない。このように報道の自由が存在しない以上,真の報道機関も存在しないのである。

 Freedomhouseは世界100カ国の「報道の自由」度をランク付けしているが,カタールは62位,アラブ首長国連邦は74位,サウジアラビアは80位といずれも低い。ちなみに米国は16位,日本は17位,英国は18位である。

 Freedomhouse自体が米国に本拠を置く団体だから,「どこまで公平な調査結果なのか」という疑念も当然あろうが,私はこの評価は(順位の絶対値はともかくとして)概ね正しいと思う。

 どんな国のメディアであろうと,外国政府を非難するのは簡単だ。報道機関が真に「報道機関」足りえるかどうかは,自国政府をどこまで批判できるかにかかっている。確かに戦争中は,CNNやBBCといえでも愛国的な報道に偏ってしまうが,それでも自国政府をある程度は批判している。

 イラク国内に残って,命がけの取材を続けるアラブのジャーナリストたちの勇気は敬服に値する。ただ,彼らが西側メディアと肩を並べるためには,ブッシュ政権を非難すると同時に,自国政府の問題も追及・暴露しなければならない。