イラク国内に残って戦渦の様子を伝えるはずだった米テレビ局のクルー(取材チーム)が,次々と国外追放されている。米国一辺倒の偏向報道のせいで,フセイン政権の逆鱗に触れたFOX News Channelは,早々と2月に追放されている。FOXに比べて中立的な報道をしてきたCNNのクルーも結局,今月20日にイラク政府から「お前らはしょせん,アメリカのプロパガンダ機関」と非難され,追放された。

 今,イラク国内(バグダット)に残っている米国のテレビ・レポーターは,それぞれ米ABCテレビ,米NBCテレビと契約したフリーランス・ジャーナリストだけである。しかしフリーランスでは取材力に限界がある。また米国のみならず西側のテレビ・クルーは,後述の従軍取材を除けば,もうほとんどイラクを離れたのではなかろうか(新聞や雑誌の記者は,まだ何人か残っている)。

 結局,21日に始まった米軍によるすさまじい空爆の映像を世界に伝えたのは,西側メディアではなく,カタールの放送局アル・ジャジーラだった。

 それに先立つ20日の開戦を告げた,米艦隊のトマホーク・ミサイル発射の映像は,例によってペンタゴン(米国防省)がメディアに配布したプロパガンダ・ビデオだった。今後しばらくの間は,アメリカ政府とそれに対立するメディアが提供する,プロパガンダ映像しか流れて来ない,という頼りない状況が続くのだろうか。バグダットを中心としたイラク国内の実態が詳細に伝わるのは,ずっと後になるかもしれない。

衛星通信技術の発達と従軍取材で,実態はどこまで伝わるか

 3月22日現在,西側メディアが自力で取材して流す映像は,南からバグダットに向かっている米軍戦車部隊から撮影したものが中心である。今回の対イラク戦争で,米軍はベトナム戦争以来と言われる本格的な従軍取材(Embedded Reporting)を許可した。従軍取材とは,テレビ局や通信社,新聞社のレポーターが軍隊に同行し,軍隊が定めるルールに従って取材する方法である(今回は日本をはじめ,外国メディアも同行している)。

 ベトナム戦争の時は,米軍が従軍記者の手綱をとることができず,彼らがかなり自由に取材したため,戦争の悲惨な実態が世界中に知れわたってしまった。これに懲りたペンタゴンは,それ以降,つい最近のアフガン戦争までメディアの従軍取材を禁止した。今回,なぜそれを復活させることにしたのか,その理由は不明だが,マスコミは概ね歓迎している。しかしペンタゴンは,ベトナムと同じ轍を踏むことはないだろう。同行した記者には厳しい取材規制が課せられるから,戦争の実態がどの程度伝わるかは分からない。

 実態を早く正しく伝える,という意味では,衛星通信技術に期待がかかる。放送技術は,ベトナム戦争時とは比べ物にならないほど進歩している。当時の従軍レポーターは,VTRさえ使っていなかった。映画撮影に使うような16ミリ・フィルムで戦況を収録し,それを1週間に2便しかない航空便で母国に送り届けていたのである。どんなに急いでもテレビ放送されるまでには,3,4日はかかった。それが今や,戦場の生々しい様子が実況中継される時代である。

 これには,いわゆるvideo-phoneと呼ばれる,衛星通信技術の発達が大きく貢献している。従来の衛星生中継では,テレビ・クルーは膨大な撮影・通信機材を搭載したトラックに乗って取材に行かねばならなかった。従軍取材ではもちろん,そんなことは許されない。しかし,比較的コンパクトで軽いvideo-phoneを使えば,場合によってはテレビ・レポーターとカメラマンの2人だけでも取材可能。これは従軍取材に最適である。戦場で撮影された映像は,Inmarsatなどの商業用通信衛星を介して,生中継で視聴者に届けられる。

video-phoneにも限界

 しかし,現在のvideo-phoneは単体ではなく,小型デジタル・ビデオカメラ,衛星電話と組み合わせた3点セットになっている。また撮影地点から通信衛星に,映像信号を送信するためのフラット・パネル型アンテナも必要である。「コンパクトで軽量」とはいっても,それはあくまで「従来の衛星中継用機材に比べれば」の話である。

 仮にバグダットに侵攻した米軍が,イラク政府軍との間で本格的な市街戦でも始めれば,レポーターがうかうかvideo-phoneの機材を組み立てている間に,撃ち殺されてしまうかもしれない。まだ写真カメラマンのように,真に機敏な取材活動ができるわけではないのだ。

 video-phoneのもう一つの問題は,やはり画質が悪いことである。現在の通信速度はせいぜい128kbps程度。下手なビデオ・ゲームの映像よりギクシャクしているし,途中で何度も動きがストップする。これは現在のvideo-phone技術が未熟なせいもあるが,それ以外の理由も考えられる。ペンタゴンが商業通信衛星の使用権を買い占めているのである。

 表向きの理由は,「軍事作戦を展開するには,十分な通信容量を確保しておく必要がある」というものだ。しかし少しうがった見方をすれば,「あまりマスコミに使わせたくない」という腹もあるのではなかろうか。いずれにせよ,対イラク戦争の開始前後から,商業用通信衛星は軍が目一杯使っており,メディアは十分な通信容量を確保しているとは言えない。

 結局,いろいろ考え合わせると,戦場の様子はリアルタイムではなかなか伝わりにくいような気がする。イラクで本当に何が起きたか。その実態が分かってくるのは,今回もかなり先になるのではなかろうか。