所得税と贈与税の確定申告は,3月17日が締め切りだ。読者の中にも今ごろ,土壇場で税務署に駆け込もうという方がおられるかもしれない。しかし来年からは日本でもインターネット経由で,確定申告ができるようになるはずだ。国税庁は今,そのためのシステム開発を進めている(関連情報)。

 アメリカでは既に90年代後半から,インターネットで確定申告(通称Tax Return)ができるようになっている。企業が年末調整をしてくれる日本とは違って,アメリカでは一般の会社員でも自分で確定申告しなければならない。このためシーズンになると,全米で約1億3000万人の勤労者が確定申告する(ちなみに日本では自営業者を中心に約2000万人)。このうちの36%に当たる約4700万人が,オンライン(インターネット)で申告を済ませている。

日本では国税庁が自前でシステム開発,米国では民間に業務を委託

 日本の国税庁は,オンライン確定申告用に自前のシステムを開発しているようだが,アメリカのIRS(Internal Revenue Service:内国歳入庁)は,それとは違う方法を採用している。すなわち民間の会計事務所や会計ソフトのメーカー等に,オンライン申告業務を委託しているのだ。

 もっと具体的に説明すると,勤労者はまずIRSのウエブ・サイトに行って,そこでオンライン確定申告のボタンをクリックする。次に,そうした民間業者のWebサイトに飛ばされる。そこには申告用のフォームが表示され,それに必要事項を記入してボタンをクリックすると,その情報がIRSに送られて確定申告作業が完了する,という流れである。

 IRSがなぜ自前のシステムを作らないかというと,一つの理由は作るのが大変だからだ。

 IRSはつい最近まで,全米の支所がオンラインで接続されていなかった。支所間のデータ交換はもっぱら磁気テープに頼るほどネットワーク化が遅れていたので,1億3000万人を対象にしたオンライン申告システムなんて,とても自前では作れないのである(たとえ実際のシステム構築作業は開発業者に委託するにしても,その要求仕様を設計するだけでも大変な作業である)。そこでシステム本体は民間業者に作らせて,IRSではそれとの共通インタフェースを提供し,データを受けとるだけの仕組みにしたのだ。

 IRSが自前で作らなかった別の理由は,オンライン申告業務を委託された民間企業がそれに反対したことである。これは当たり前の話で,会計事務所など民間業者にしてみれば,オンライン確定申告は成長の期待できる新ビジネスなので,ここを政府に奪われたくないのだ。

 昨年まで,こうした業者はオンライン確定申告にサービス料金を課していた。最も簡単な確定申告で10ドルくらい,様々な所得・税額控除を含む複雑な申告では,さらに高額を要求する。こうしたサービスを4700万人が使っていたのだから,結構大きなビジネスなのである。

 ただ非常に簡単な申告までお金を請求することには批判があって,そのせいか今年から低所得者には民間業者も無料でオンライン・サービスを提供するようになった。既に130万人の米勤労者が,無料サービスを使って確定申告を済ませた。

「会計士は雇えないが税務署には任せたくない」という勤労者には朗報か

 冒頭で紹介したように,日本でも来年からオンライン確定申告ができる予定だが,米国並みに普及するかどうかはなんとも言えない。

 アメリカで4700万人がオンラインで申告しているというのは,私から見れば驚異的な普及率である。実際,昨年まで米国で働いていた者として,日米の税制を比較すると,アメリカの方がずっと複雑である。自分で確定申告の書類を作成するのはなかなか大変な作業だ。だからアメリカでも日本と同様,最寄の税務署に行くとサポート・スタッフがいて,納税者の確定申告書類を事実上,彼らが作ってくれる。

 ただ,しょせんは税務署の人間だから,彼らに任せたら取れるだけ取る。従って本当に節税したい高額所得者は,会計事務所に依頼したり,腕利きの会計士を雇って彼らに全部任せる。私はそれほど所得がなかったので,頑張って節税しても大したことはないから,税務署のスタッフに任せていた。

 恐らく両者の中間にある所得者層,すなわち「会計士を雇うほどの収入はないが,かといって税務署の職員に任せるのは納得がいかない」という勤労者が,自力でオンライン申告しているのだろう。日本ではこうした人たちが何人くらいいるだろう。彼らにとっては,来年からのオンライン申告は朗報であろう。税制上はアメリカよりも簡単だから,普及する下地は十分にあるはずだ。