「サイバー兵器による先制攻撃」――。何やらSFめいたシナリオが,米国の軍事プラン上に浮上してきた。7日付けのWashington Post紙は,「ブッシュ大統領が,敵国コンピュータ・ネットワークに対するサイバー攻撃計画の策定を(関係諸機関に)命じた」と報じた。「National Security Presidential Directive」と呼ばれるこの指令に対して,大統領は既に昨年7月16日に署名していたという。

 Postの記事を一読すると,署名から半年以上経過した現在も,具体的な計画は定まっていないようだ。「我が国はサイバー・スペース上の軍事技術でも先頭を走っている」ということを誇示する,一種のプロパガンダ的な色彩が強い。計画の中身よりも,そうした盤石な態勢を誇示することの方に意味がある。だからこそ各国の政府関係者が読んでいるPostに,ブッシュ政権はわざとリークしたのだ。

 ペンタゴン高官らは「現代の戦争では,電子の攻撃は核兵器に勝るとも劣らない威力を発揮する」とか,もっともらしい説を主張しているらしいが,「こんなことを本当にやられたら,たまったものではない」と専門家は反論している。敵国のコンピュータ・ネットワークを破壊する,あるいは麻痺させるにしても,結局はインターネットを介して実行せざるを得ないわけだ。

 先に米国から仕掛ければ,相手もサイバー・テロで応戦するだろう。そうなるとインターネット全体に被害が波及する恐れがある。これはちょうど,米国がイラクを攻撃すれば,それがイスラム諸国全体を刺激して,テロが世界中で頻発する恐れがある,というのと同じ論理である。至極,説得力のある考え方だ。

「守りから攻めへ転じる」姿勢を明確に打ち出す

 こうした危険性を当然覚悟している米国政府は,サイバー・テロ対策には力を注いでいる。ブッシュ政権は9・11の直後から,インターネット監視システムの構築にも動き出している。AT&T,Worldcom,Sprint,America Onlineといった通信業者やISPに対し,インターネットのトラフィック状況に関するデータ提供を迫っていた。こうした情報を政府の特別センターで監視し,ネット上でサイバー・テロに結びつく不審な動きを事前に察知するのが目的だ。

 この政府と企業の共同監視システムは,「Global Early Warning Information System(全地球的な早期警戒情報システム)」と呼ばれ,ここ数カ月以内に試験的に稼働を始める予定という。一国の政府による,グローバルなインターネット監視システムは前例がなく,そのために批判も強い。しかし政府側は企業に「金を払って情報を買うから」と持ちかけており,企業側も結局,協力することに決めたのだ。

 今回Washington Postが明らかにしたサイバー攻撃計画はこの延長線上にあるが,性格的には「守りから攻め」への姿勢を明確に打ち出している。防御体制を固めた上で,攻撃に比重を移したいのである。これは昨年9月に発表された,いわゆるBush Doctrine(ブッシュの国家安全保障戦略)を反映した格好だ。

 米国の新たな安保戦略では,従来の「反撃手段をちらつかせるだけの」戦争抑止論を大幅に逸脱して,先制攻撃の重要性と正当性を訴えている。「何をしでかすか分からない危険な国家には,先制攻撃を仕掛けることこそが,最善の防御策である。そのためには小型核兵器の使用も辞さない」という強硬な姿勢である。

 しかし,これに対しては,元アメリカ国連大使のRichard Holbrookでさえ,あからさまに反対している。「アメリカがこれをやったら,インドやパキスタンなど他の核保有国が真似をして収拾がつかなくなる。世界が大混乱に陥るかもしれない」(Holbrook)からだ。

 Holbrookは90年代後半のバルカン紛争に際し,NATO軍によるセルビア空爆を国連安保理に容認させた「プラグマティスト」として知られる。「悪に対しては,武力による鎮圧」を支持する彼にしてからが,ブッシュ政権の考え方は危険すぎると憂慮しているのだ。

 こうした地上のBush Doctrineを,そのままサイバー・スペース上に持ち込んだのが,今回のサイバー攻撃計画である。単なるプロパガンダで終わればいいが,米国が本当にこれを仕掛けたら,当事者間の「局地戦争」でおさまるという保証はない。サイバー・スペースでのハルマゲドン(最終戦争)勃発は,勘弁してもらいたいものだ。