「インターネットが誕生して,今年で何年になるのだろうか?」――インターネットの開発と普及に携わった技術者たちが最近,こんな話題で盛り上がっているそうだ。簡単な年表(表1)にも示したが,インターネットの開発史にはいくつかの節目があり,どこを指して,その誕生とするかは,意見が分かれるようだ。
1961年 | MITのLeonard Kleinrock博士が,後にインターネットの標準的な通信方式となるパケット交換技術の論文を発表 |
1969年 | 米国防総省(Department of Defence)が,核戦争への耐久性を備えたコンピュータ・ネットワークの開発プロジェクト「ARPANET」を開始 |
1971年 | 米ケンブリッジにあるBBN Technologiesのエンジニア,Ray TomlinsonがEメールを開発。このあたりから,ARPANETの技術が大学など研究機関に広がり始める |
1983年 | ARPANETがそれまでの通信プロトコル「NCP (Network Control Protocol)」から,新プロトコル「TCP/IP (Transmission Control Protocol/Internet Protocol)」への切り替えを発表 |
1988年 | イリノイ大学の学生(当時),Steve DornerがEメール・ソフト「Eudora」を開発開始 |
1991年 | CERN(欧州合同素粒子原子核研究機構)にいた科学者Tim Berners-LeeがWorld Wide Webを開発。彼はごく初歩的なブラウザ(閲覧ソフト)も開発していた。このあたりからインターネットが一般社会に普及し始める |
1993年 | イリノイ大学National Centre for Supercomputing Applicationsの学生(当時),Mark Andreesenらが本格的ブラウザ「Mosaic」を開発。これは後に,Netscape Navigatorとして商品化される。ここからインターネットの爆発的普及が始まる |
一般には,1969年に始まったARPANETを指して,「インターネットの雛形」と見る向きが強い。一方で,1983年にTCP/IPが採用された時点をもって,「インターネットが誕生した」との意見もある。それは拡張性を備えた通信プロトコルTCP/IPによって,初めて異なるネットワーク同士を接続することが可能になったからだ。このためTCP/IPを開発したUCLAの学生(当時),Vinton G. Cerfらは今,「インターネットの父」とも呼ばれる。
「ビジョン」と「技術力」を併せ持つエンジニアがインターネットを育てた
もっとも,「インターネットがいつ,誕生したか」というのは,あまり意味のある議論ではあるまい。インターネットは単一の発明物というより,多くの優れたエンジニアが共同で築き上げてきた一種の「情報処理環境」であるからだ。
インターネットの開発・発展史を振り返ってみると,「未来を構想するビジョン」とそれを実現するための「要素技術の開発」が絶妙のタイミングで絡み合っていることが読み取れる。Tim Burners-Leeのように,両者の役割を一人でやり遂げてしまった天才もいる。Burners-Leeの肩書きは,たしか数理物理学者だったと思うが,彼はある意味で技術者の鑑(かがみ)だ。「確かなビジョン」とそれを実現する「技術力」を兼ね備えたエンジニアは,非常に稀である。大抵の人は,どちらかに偏っている。
話はちょっと横道にそれるが,私が80年代後半に某エレクトロニクス・メーカーの情報研究所で働いていたころ,こんなことがあった。当時,米国のコンピュータ科学者Stephen Wolframが開発したMathematica(視覚的な解析計算処理を可能にしたソフトウエア)が発売されたばかりで,私は研究所のワークステーション上で様々な積分計算をさせてみた。
「すごいなあ,便利だなあ」と感心していたら,管理職クラスの研究者が私の背後からディスプレイをのぞき込んで,「こんなのたいしたことないよ。僕がまだ学生のころ,こういうのを研究したことがある。基本的なアイデアは,もうずっと前からあるんだ」と言った。
私は当時から,平気で無礼なことを言う癖があったので,この人に向かって「じゃあなぜ,ご自分でこれを製品化しなかったのですか?」と聞いた。彼は変な顔をして,向こうに行ってしまった。
21世紀にインターネットがもう一段の発展を遂げるには
アイデアやビジョンだけを謳って,それ以上先に進まなかったら,何もしないのと同じである。この研究者が学生のころ,本当にそうしたアイデアを持っていたなら,企業に入った後でそれを実現すべきだったのだ。彼はそれをしなかった。一方,Worframはそのアイデアを製品化して,大儲けしたのである。両者の間には天と地ほどの開きがある。
放言を許してもらえば,現代においてはアイデアやビジョンという物は,意外に簡単に生まれるのかもしれない。「あれくらいのことなら,私も考えていたのに」―――後からそう言う人は多い。しかし,より重要なのは,それを実現する企画力や技術力,統率力なのである。
90年代後半に盛り上がったインターネット・ブームがバブル崩壊を経て,急速にしぼんでしまったのは,ある時点から「アイデアとビジョン」の目白押しになってしまったからだろう。インターネットを支えてきた真面目な技術者が表舞台から消え,一獲千金をもくろむイカサマ師がこれを食い物にしてしまった。
技術を知らない多くの人たちが,途方も無い夢を語って大金を集め,その夢を実現せずに食い逃げした。21世紀にインターネットがもう一段の発展を遂げるには,その草創期に活躍したような実行力を備えたエンジニアが再び,主導権を奪い返すしかないだろう。