ロボットが我々の日常生活に浸透する気配が出てきた。これまで「ロボット」といえば,自動車や電気製品の組立工場などに導入される,いわゆる「産業用ロボット」がほとんどだった。しかし,昨年から今年にかけて,「庭の芝刈り」や「掃除」など,我々の身の周りの仕事にまで,その用途が広がり始めている。

 国連の調査委員会が10月3日に発表した「2002 World Robotics survey」によれば,家庭用サービス・ロボットの数は,2001年末の時点でわずか2万1500台(世界全体での数字。この中には,Aiboのような電子ペットやハイテク玩具は含まれていない)。「この数が今後3年以内に71万9000台にまで急増する」と同調査レポートは予想している。

急速にコスト・パフォーマンスを上げる家庭用ロボット

 これまで「家庭用ロボット」普及の足かせとなってきたのは,主にその価格・性能比だった。「芝刈り用」など初期の家庭用ロボットは,価格が1500~2000ドルもした。高額の割には故障も多く,一般庶民から見れば魅力に乏しい商品だった。しかし国連の調査レポートによれば,ここに来て家庭用ロボットは急速にコスト・パフォーマンスを上げ,にわかに普及する兆しが見えてきた,という。

 その好例が,米国で9月末に発売されたばかりの掃除ロボット「Roomba」だろう。MIT AI Laboのディレクター,Rodney Brooks博士らが自ら会社を興し,12年の歳月を費やして完成させた家庭用ロボットだ。

 直径30センチくらいの厚い円盤形で,重さは約2キロ。ちょっと見た感じは,単なる高性能バキューム・クリーナに過ぎない。しかし高度の自律性を備え,部屋にある様々な家具の間を縫って,器用に掃除を済ませる。もともとは軍需用に開発した「地雷を避けて移動するための技術」を掃除機に応用した,という。

 実際にRoombaが掃除するデモを見た限り,動きはちょっとトロトロして遅いが,着実・安全に仕事をこなす。仕事が終わると自動的に電源オフになる仕組みなので,家を留守にする時はRoombaに掃除を任せて外出できる。

 このように実用性という点でも興味深いが,Roombaの何よりの魅力は「199ドル」という低価格にある。これだと普通の掃除機と大差ない。「ハイテク・新し物」好きの人間でなくても,「買ってみようかな」という気になるかもしれない。国連調査レポートによれば,実用的な家庭内ロボットはまず「掃除用」から始まり,続いて「窓拭きロボット」が普及してゆくという。いずれにしても何とも日常的な話で,SF好きのロボット・ファンなどから見れば,興醒めな展開であろう。

荒唐無稽と思われる発想が,現実となった例も多い

 しかし,今のところは「多少進んだ家電製品」に過ぎないロボットが,急速に進化して人間に迫る可能性は十分ある。Isaac Asimovの名作,「BiCentennial Man」では,単なるHome Appliance(家電商品)として開発されたロボットが,最終的に人間になるプロセスを迫真の想像力で描き切っている。

 金属のボディを人工培養した皮膚や内臓で置き換える辺りまでは「さもありなん」という感じだが,もっと素晴らしいのはロボットが自らに感情を実装してゆく過程である。矛盾に満ちた様々な感情をロボットが一つひとつ取り込んで行くプロセスを読むことで,我々は逆に「人間とは何か」を知らされるのだ。

 「そんなことが起きるはずがない」と思われる読者も多かろう。しかし優れたSF作家の知見と想像力は,現時点の常識を軽々と否定して,未来の実像に迫る。少なくともその実例は存在する。例えば現在,通信や放送など多方面に応用される「人工衛星」のアイディアを考案したのは,英国のSF作家Arthur C. Clarkeである(参考資料)。彼がこのスケッチを描いたのは,1945年のことだ。当時,彼以外の誰が一体,現在のグローバル通信時代の到来を予想することができただろうか?

ロボットの特徴である「自律性」はIT業界でも大きな研究テーマに

 Asimov同様,Clarkeも作品の中で,ロボットに対する卓越した洞察を見せている。ロボットと,それ以外のエレクトロニクス製品を分けるのは,「自律性」の有無にある。Roombaのみならず,最近始まった「自らの故障を修復するコンピュータ」の研究開発など,「自律性」の実現はIT業界の次なる主要テーマである。

 両SF作家の見解で一致しているのは,「自律性とは,当初はそれがどれほど幼稚・原始的なものでも,やがては人間の手に負えないところまで進化する」という予想である。

 高度の知性を備えた人類も,源まで遡れば単細胞生物が進化した姿だ。人工のメカニックであるとはいえ,ロボットも自然界の産物である以上,自然法則には従う。AsimovやClarkeの予想は,実は非常に素直な考え方に基づいているのだ。現在のところ,「障害物を避けて通る」程度に収まっている「進化した掃除機」の自律性も,万能の知性の萌芽となり得るのかもしれない。