東海岸では最大のハッカー会議と言われるH2K2が,7月11日から14日までニューヨーク市内で開催された。

 H2K2のWebサイトでは,この会議を「H2K2 is the 2002 Hackers On Planet Earth (HOPE) conference, a gathering for hackers of all types. 」と説明している。髪を逆立て刺青をした十代のハッカー少年から,スーツ姿の金融機関関係者,さらには目の据わったFBIエージェントまで,様々な分野から2000人以上が参加し,会場となったペンシルベニア・ホテルは異様な雰囲気に包まれた。

開催期間中は,企業も不正アクセスをいつも以上に警戒

 今年で4回目を迎えた同会議だが,開催期間中は,悪意を持ったハッカー(クラッカ)に狙われそうな企業が警戒体制を敷いた。たとえばAT&Tでは電話交換手やカスタマ・サポート係など,外部との窓口になる従業員全員に,「不審な電話がかかってきた時は,セキュリティ部門に回すこと」という通達を出した。

 企業が警戒する理由は,H2K2の会場に大掛かりな高速LANが設けられ,ここからハッカーが自由にインターネットにアクセスできるからだ。建前上は会議に参加した者同士,内輪でクラッキング競争をすることになっているが,インターネットとつながっている以上,外部の企業が狙われないという保証はない。

 実際,会議期間中,USA Today紙のホームページ記事が,不正アクセスによって改ざんされ,「H2K2参加者の仕業ではないか」という疑いが持ちあがった(犯人は未だ捕まっていないので,その真偽は不明)。

 H2K2の目玉は,クラッキングのテクニックからセキュリティに関する法律の現状,はては足を洗いたいクラッカたちへの就職斡旋まで,様々な分野を網羅したパネル会議だ。中には危ないテーマもあるのだが,そうしたテーマのパネルほど,人気があった。

参加者の目前で,頑健な錠が次々と破られていく

ピッキング最新テクニックの紹介 例えば「ピッキング最新テクニックの紹介」には,H2K2参加者のほとんど全員が集まったと見られ,パネル会場の広いボールルームが参加者であふれかえった(写真)。天井を支える太い柱に,小猿のようによじ登って見ている少年もいたほどだ。

 熱気に包まれた会場では,オランダから訪れた「ピッキングの権威」Barry Wels君が,「見事な腕前」を実演してくれた。街で売っている平凡な錠から,資産家の保管庫に使われるようなマルチ・ロックまで,次々に開けてしまう(もちろん鍵を使わずにだ)。

 そこらへんの鍵屋で買えるようなナンバー・ロックなど,ものの一秒もかからない。私などには良く分らぬ,特殊なツールを次々と取り出して鍵穴に指し込み,それを押したり引いたり,ぐるぐる回したりするうちにパカッと開いてしまうのだが,その作業の様子(錠とツールと,動く手)を拡大して大型スクリーンに映し出し,最新テクニックを会場の全員に公開した。

 「オーイ,大丈夫なのかよ。FBIエージェントも見てるんだぞ」―――ハラハラすると同時に,半ば呆れ,半ば腹立たしい気持ちにも駆られた。しかし当のWels君はパネルの冒頭で,「ピッキングは他人の住居に侵入しない限り,犯罪ではありません。愛好家同士の趣味,あるいは高度のテクニックを競うスポーツとも言えるでしょう」などと宣言し,完全に開き直っている。

 聴衆は聴衆で,「そんなこと,どっちでもいい」とばかり,最新テクニックが映し出されるスクリーンを凝視している。

「欲しい物があったら,裏口から錠をこじ開けて入るしかないのさ」

 「ハッカー」という言葉は,元々はコンピュータについて知識が深く、創造的な才能にあふれたプログラマに対する尊称であり,情報の盗聴や改ざん,破壊などの違法行為を行う犯罪者を指す言葉ではなかった(このような犯罪者は「ハッカー」と分けて「クラッカ(Cracker)」と呼ぶこともある。だが最近では,米国の報道でもハッカー=クラッカ,の意味で使われることが多い)。

 だがピッキング・セミナーを見て思ったのだが,少なくとも今「ハッカー」と呼ばれる人種の最大の共通項は,恐らく「コンピュータそのもの」への関心ではなく,「誰かのプロパティ(住居,所有物,縄張りなど)」に無断で侵入し,その内部を覗き見ること,そのスリルに抗いがたい魅力を感じてしまうことなのではないだろうか。

 「錠を強引にこじ開けて,無断で内部に侵入してしまう」というのは,コンピュータ/ネットワークへの不正アクセスとピッキングに共通した点だ。「錠を開けても,住居に侵入して物を盗まない限り,犯罪ではない」という論理も,「パスワードを破っても,データを盗んだりして被害を出さない限り犯罪ではない」とするハッカーの論理にソックリである。

 実際,ピッキングのデモを終えたWels君には,会場のハッカーたちから,私など素人には全く理解できない,専門的な質問が次々と浴びせられ,「鍵と錠」の分野に関しても,彼らの並々ならぬ“見識の深さ”をうかがわせた。

 H2K2に参加した数人に,「なぜコンピュータ・システムやネットワークへの侵入をするのか?」という素朴な質問をぶつけてみたが,その中の一人は次のように答えた。

 「世の中にある良い物は,大抵の場合,正規の手段では手に入らない。欲しい物があったら,裏口から強引に錠をこじ開けて入るしかないのさ」

 そういうものだろうか・・・。確かに,どれほど頑張っても,正攻法では本当に欲しい物はなかなか手に入らない。その意味では,彼の言ったことの,少なくとも半分は当たっていると私は思う。

 しかし,だからと言って,「裏口から強引に鍵をこじ開ける」ようなやり方で,幸せが本当に手に入るのだろうか? こちらの経験が私は無いので,何とも言えない。読者の皆さんはどう思われるだろう?