ITで「完全武装」
(写真提供:
コロンビア大学Center for New Media
)
 右の写真をご覧いただきたい。奇妙な格好をした男性は,ITで「完全武装」したジャーナリストである。コロンビア大学ジャーナリズム・スクールの「Center for New Media」というところで,90年代から,こうした研究開発が進んでいる。

 筆者がこれに共感を抱いているかどうかは別にして,まずは概要を紹介しておこう。

いつでもどこでも現実空間と情報空間を融合させる

 まず「未来のジャーナリスト」が背負っているのは,インターネットに常時接続するための無線装置とビデオ・カメラ,集音マイク,ハード・ディスクなどを一体化した「ジャーナリズム・キット」である。手に持っているのはタブレットPCだ。

 何か事件が起きたら,この格好で現場に飛び,背中のカメラで撮影しながら,タブレットからペン入力で記事を書き送る。これらの情報はリアル・タイムでWebサイトに掲載されるのだという。

 両目をスッポリと覆うゴーグルには,小型モニターがついている。これを使って,インターネットで様々な情報にアクセスできる。記事を書いている最中に参考資料が必要になったら,検索した情報がちょうど写真の右側のような形で目の前に映し出される。情報を送るのもリアルタイムなら,情報を取得するのもリアルタイム。現実空間と情報空間を融合させて取材をするのが未来のジャーナリストの姿であるという。

 Center for New Media所長のJohn Pavlik氏は,これを「Augmented Reality(増強された現実空間)」と呼ぶ。

「人生の勝利=いつでも最新情報にアクセスできること」,なのか?

 しかし,「いくら何でもこれは行き過ぎだよな」というのが筆者の正直な感想である(恐らく読者も,同じ思いであろう)。戦争ジャーナリストがこの格好で取材に出たら,1分もしないうちに弾丸に当たって死んでしまうだろう。普通の市街地でも,インターネットで情報検索などしているうちに,運が悪ければ交通事故にあうかもしれない。

 Augmented Reality発表会見の途中で一人の記者が,「本当に将来,我々がこんな格好をして事件現場に行くと思います?」という不躾(ぶしつけ)な質問をしたら,Pavlik教授は「そうです」と平然と答えた。会場はシンと静まり返ってしまった。

 Augmented Realityは,携帯電話やPDAの延長線上に生まれたアイディアである。いついかなる状況でも最新の情報にアクセスできることが,「仕事」ひいては「人生」の勝利に結び付くという基本思想に立脚している。

 しかし,これが成り立つのはケース・バイ・ケースであろう。少なくともジャーナリズムの世界には,ここまでのリアルタイム性は必要ない。仮にこうした環境が整っても,実際は大して役に立たないだろう。多種多様な情報を一つのストーリーとしてまとめるには,やはり落ち着いて思考を整理する必要がある。いくら外界から情報が入って来ても,頭脳の処理能力がそれに追い付かない。

医療用途など,他の応用も計画が進行中

 「未来のジャーナリスト」は,まあ,荒唐無稽なアイデアかもしれないが,このAugmented Realityという技術自体は,ちょっと頭の片隅にとどめておこうと思う。もしかしたら,近い将来,私たちの今の常識では考えられない,有意義なアプリケーションが生まれないとは限らない。

 ちなみにPavlik教授は,他のアプリケーションも考えている。例えば医療用途である。外科医が手術の最中に,インターネット経由で情報を入手したり,別の病院の医師に電子メールを送って参考意見を求める,といった使い方だ。

 こちらは既に臨床実験の段階に入っているという。Center for New Mediaでは今後,Augmented Realityの中に,通信衛星からの高解像度イメージやロボット技術,自然言語処理なども組み入れて行く計画だ。