無線LAN技術の一つである「Wi-Fi」が,爆発的な勢いで米国全土に普及しつつある。正確な統計は存在しないが,Wi-Fiの傍系も含めると,現在までに約3000万の家庭やオフィスに浸透したとの説もある(CNET News.comより)。調査会社のCahners In-Stat Groupによれば,Wi-Fi用のネットワーク・カードの売上げは,2001年の19億ドルから,2005年には52億ドルと急増する見通しだ。

 Wi-Fi(Wireless Fidelity)の正式名称は「IEEE 802.11b」。Bluetoothと並んで,オフィスや家庭内で使う短距離無線技術だ。Wi-Fiの最高速度は11Mbpsとかなり高速。データ・セキュリテイの点ではBluetoothに劣るが,ラジオ波の到達範囲では勝る。Bluetoothによる電波の到達範囲が約50フィート(15メートル)と極めて短いのに対し,Wi-Fiのそれは約300フィート(90メートル)もあり,オフィス内はおろか小さなビル全体でも使える。

「草の根」的な広がりは,初期のインターネットを思わせる

 これまでのところWi-Fiは,ちょうど初期のインターネットのように「草の根」的な広がりを見せている。Wi-Fiは2.4GHZ周辺の周波数帯域を使うが,この帯域は「無免許で誰もが自由に使う」ことができる。このため無線技術の愛好家たちが,自らの想像・創造力を生かして様々なアプリケーションを考案する余地があった。これが普及に結び付いたのである。

 一例としては「ブロードバンド・インターネットの共有」がある。友だち数人がグループになって,そのうちの一人がブロードバンド・インターネット・サービスに加入する。このサービスをWi-Fiアンテナで,空中に電波として発する(Wi-Fiアンテナは円筒形のポテト・チップス缶などを使って,簡単に作れる)。これを,近くに集まった数人が受信して使えば,一人分の料金を払うだけで,グループ全体が「ブロードバンド・サービス」を利用することができる。

 意図的にこういうことをしなくても,偶然生じてしまうケースも多い。サンフランシスコやニューヨークなど,Wi-Fiが著しく普及している都市では,これを屋内で使用しているビルなどの周辺に,Wi-Fi電波が滲み出している地域(これを「Hot Spot」と呼ぶこともある)が,数多く発生している。

 この地域に潜り込み,Wi-Fiアンテナをつけた携帯型パソコンで電波を受信すれば,どこかの会社が契約して使っているブロードバンド・サービスを,まんまとタダで使うことができる。無線愛好家の間では,ちょうど「宝探し」のような感覚で,Hot Spotを探索し,「ブロードバンドへのタダ乗り」をするゲームが流行している。

ブロードバンド・サービス業者にとってはメリットもデメリットも大きい

 ブロードバンド・サービス業者は当然ながら,以上のような動きに眉をひそめている。AT&T BroadbandやVerizon,Comcastなどでは,「ブロードバンドの共有は,我々のサービスの盗用にあたる」として,何らかの対抗策を講じている最中だ(今のところ,実際に取り締まる動きは見られない)。

 しかし米国の通信行政を司るFCC(連邦通信委員会)では,委員長のMichael Powell氏が「(ブロードバンドの共有は)盗用ではなく,一つの利用形態に過ぎない(つまり合法)」という見解を示すなど,かなり,おおらかな姿勢で臨んでいる。

 またブロードバンド業者から見ても,Wi-Fiは契約加入者数を増やす手段として利用できるかもしれない。米国における,DSLやケーブル・モデム・サービスへの加入者数は,(これも色々な説があるが)現在のところ約750万人(全米家庭の7%)で頭打ちになっているという(FCC調べ)。

 普及の妨げとなっている理由の一つに,「一軒の家庭にブロードバンドを引いても,家族みんなが共有して使うことが難しい」という点が挙げられる。家庭内ネットワークの配線が,大変な作業となるからだ。「家族みんなが使えないようでは,折角ブロードバンドに加入しても宝の持ち腐れだ」という理由から,及び腰になってしまうのだ。

 しかしWi-Fiを採用すれば,この配線作業が不用になり,家庭内ネットワーキングが格段に容易になる。このためブロードバンド業者の中には,最初から自分たちのサービスにWi-Fi対応機器を付けて提供する会社が出て来た。さらにSprint PCSを始め,大手携帯電話会社も,自社の3Gサービスを補完する方式として,Wi-Fiを導入しつつある。このように「草の根」から出発したWi-Fi技術は,今や完全に主流化しつつある。
新興企業により,新たな展開も生まれる

 この一方で,Wi-Fi自体を新たな「ブロードバンド・サービス提供手段」にしてしまおう,という動きも現れている。Etherlinx,Iospan Wireless,Navini Networksなどの新興企業は,Wi-Fi方式を若干改良して,電波の到達範囲を最高20マイル(約32キロ・メートル)まで延ばす技術を開発した。これを使えばケーブルや電話回線の代わりに,Wi-Fi電波で直接,ブロードバンド・サービスを提供できる。

 過去にも無線インターネット・プロバイダー事業は存在したが,彼らの使っていたMMDSという方式では,ビルの立地や地形条件による電波障害が数多く発生し,ことごとく失敗した。しかしWi-Fiを改良した方式では,この問題をクリアできる上に,ケーブル・モデムやDSLより格段に安く,高速になるという。

 仮に,これが成功すれば,既存のブロードバンド業者は安閑としてはいられない。Wi-Fiをつぶしにかかるか,逆に自らもドンドン採用するか,の二者択一を迫られるだろう。