今週16日に,日本など一部の国を除いて,世界同時公開される「Star Wars EpisodeII:Attack Of the Clones」では,従来のアナログ・フィルムを排して,撮影から編集まで製作プロセスすべてがデジタル化されている。

 低予算のインディ(独立系)映画では今や珍しくないが,ハリウッドの大作映画が完全デジタル化されるのは,EpisodeIIが初めてとなる。映画関係者の間では,「この映画がヒットすれば,ハリウッドを頂点とする映画業界全体がデジタル化に向かう起爆剤になる」という予想がささやかれている。

デジタル化で大幅にコストを削減,画質もフィルム並みに

 これまで伝統的に映画は,アナログの35ミリ・フィルム(セルロイド)を使って作られてきた。デジタル・カメラで撮影された映像の画質が,アナログ・フィルムよりも劣っていたからだ。

 しかし35ミリ映画の製作には,お金がかかる。これまでのハリウッド映画では,興行用の本格的作品を撮ろうとすれば最低でも数百万ドルは必要だった。デジタル化すれば,数千~数万ドルの予算で済ませることができる。

 その理由は,全体の労働工数を削減し,製作コストを圧縮できるからだ。これまで伝統的な映画製作では,仕事が極度に細分化され,音響の編集とミキシング,映像編集と特殊効果など近接した仕事が,それぞれ別々の担当者に任されて来た。これがデジタル化されれば,安いパソコンを使って一人でできてしまう。

 映画のデジタル化はハリウッドに先駆けて,世界最大のインディ映画祭Sundanceが先頭に立って進めている。今年の映画祭では,上映された映画全体の約3分の1がデジタル映画だった。次世代を担う若手製作者達にとって,デジタル映画はもはや当たり前の存在になっている。EpisodeIIの完全デジタル化は,そうした水面下の動きが映画界の主流にまで及ぶ前兆と見られているのだ。

 ここに来てようやく,デジタル映画が真の市民権を獲得しつつあるのは,「24P」と呼ばれる方式が普及し始めたから。35ミリ・フィルムと同じく,24回走査線をスキャンさせる同方式によって,従来のフィルム並みの高画質が実現したのだ。

 Star WarsのGeorge Lucas監督はこれまでSony/Panavisionと共同で,興行作品に使える高度のディジタル機器の開発に取り組んで来た。「スター・ウォーズ,エピソードII」では,撮影から編集まで,かなりの部分がデジタル化された。これによってアナログ・フィルムで撮影した場合に比べ,約170万ドルの予算を節約できたという。

真の目的は映画に“全く新しい現実感”を持ち込むこと

 しかしこの金額は,EpisodeIIの製作コストである1億4000万ドルと比べれば,ほんのわずかの節約に過ぎない。むしろ映画製作デジタル化の真の目的はコストの節約ではなく,CGを中心とした高度ITを使って,映画に全く新しい現実感を持ち込むことにあるようだ。

 Lucas監督は「デジタル化は,(Star Warsのような)ファンタジー映画にとって,今後must(必須条件)になる」と語る。現在米国でヒット中のSpider Manに見られる極限の動作や,EpisodeIIおける膨大な数のクローン兵士の戦争シーンなど,もはやCG無くして大作SF映画の製作は不可能に近い。

 以前,本コラムで紹介したSimoneのように,キャラクタ(主要な登場人物)のCG化も進んでいる。EpisodeIIでは,これまでのStar Warsシリーズで準主役的な役割を担ってきたJedi Yodaが,従来の人形からCG化される。

 前作のEpisodeIでは,Jar Jar Binksという化け物が,初のCGキャラクタとして導入されたが,これに対する観客の反応は最低だった。Lucas監督は「R2-D2やC3POが登場した時も,最初の評判は最低だった(が,後で人気が出た)」として,今後ともCGキャラクタを積極的に導入するつもりだ。ただ彼は,Simoneのように,人間の俳優をCGで置きかえることには全く関心を示していない,と言われる。

 EpisodeIIでは前作と同じく,人間の俳優が活躍する背景の景色の多くがCGで製作されており,どこまでが実写でどこまでがCGなのかも判然としない。また,実写俳優をデジタル化すれば,監督がお気に召さない演技を,エンジニアを使って勝手に作り変えてしまうことも可能だ。ありとあらゆる意味で,映画に対する認識,あるいは製作手法等が完全に変わってしまうかもしれない。

映画館のデジタル化も促す?

 EpisodeIはシナリオに対する評価も高く,興業収入からDVDまで含め,映画売上げの新記録を打ちたてるかもしれない,という前評判だ。こうした商業的な勢いが,映画館のデジタル化を一気に促すと見る向きもある。

 昨年までデジタル・プロジェクタ(映写機)を用意している映画館は,米国全体でも約50館しかなかった。それ以外,圧倒的多数の映画館は,従来のアナログ・プロジェクタを使っている。このため元々デジタル器材で撮影・編集された映像作品でも,わざわざ35ミリ・フィルムに変換しなければならなかった。

 デジタル・プロジェクタの普及が遅れたのは,その価格が高いからだ。従来のアナログ・プロジェクタの値段は平均2万5000ドル。これに対し,デジタル・プロジェクターは13万ドルもする。ただでさえ観客動員数の変動が激しく,リスクの大きい映画館ビジネスでは,なかなか手が出せない値段だった。

 しかしデジタル映写機を導入すれば,磨耗やスクラッチ(引っ掻き傷)の無い,オリジナルの高精細映像を最大限に楽しむことができる。またデジタル化は長い目で見れば,映画館経営のコスト削減にも結び付く。

 これまで映画館で上映するアナログ・フィルムの製造コストは,1本あたり約2000ドルもした。大作映画の場合,1本の映画を上映するために,全米に散らばる2000~3000の劇場に向けて,フィルムを作る必要がある。また,このフィルムは一本20キロと重く,輸送コストもあなどれない。これらを足し合わせると,1本の映画を各地で上映するために600万ドル以上かかる。

 劇場用映画をデジタル化すれば,以上のコストを一気に節約できる。フィルムを製造する必要もないし,通信回線あるいは衛星を使って映画館に配信できるからだ。現在,映画の劇場公開に要するコストは,ハリウッド全体で12億ドルもかかっているが,デジタル化すれば,その75%を節約できるという。

 「EpisodeIIが大ヒットしそうだ」との噂を受けてか,今年に入ってデジタル映写機を備えた映画館の数が,昨年までの2倍である100館に跳ね上がった。それでも米国の映画館全体の数である3万館に比べればごく一部に過ぎないが,急増しそうな気配はある。

 デジタル映画配給業者としては最大手の,テクニカラー・デジタル・シネマ(Technicolor Digital Cinema)では「今後数年の間に,全米の映画館にデジタル・プロジェクタを1000台設置する」という強気の計画を発表している。これと並行して,航空・宇宙産業のボーイングが,通信衛星を経由してデジタル映画を劇場に配信するシステムを開発した。

クラッカ対策が映画デジタル化に向けた最大の課題に

 しかし,こうしたシステムは,電波が映画館に到達する過程で,クラッカの手によって映画がコピーされてしまう危険性がある。実際,Star Wars EpisodeIIでは,劇場公開の1週間前に海賊版がインターネット上に出回ってしまった。映画の封切り前に,海賊版を全世界で100万人の人が見るだろう,という予想もある。

 この海賊版は,EpisodeIIの試写会を見た人が隠しカメラで撮影した映像を,デジタル化してネット上に流した物と見られる。映画事体がデジタル化され,通信衛星やファイバで映画館に電送するようになれば,クラッカによる違法コピーがさらに盛んになるだろう。ハリウッドの主力映画会社はこれを恐れており,この点がデジタル配給事業の足かせになっている。

 米国の連邦議会では現在,MPAA(Motion Pictures Association of America)の圧力を受けて,Morpheusを始めとした,インターネット上での映画ファイル交換サービスを取り締まる法案を検討している。しかし音楽ファイル交換のNapsterと違って,これを水際で阻止する方法は存在せず,事実上の野放しになっている。

 映画のような巨大ファイルをダウンロードするために必要な,ブロードバンド・インターネットの利用者は,米国ではまだ1000万人にも満たない。これが急激に普及する前に,何らかの対策を講ずることが,映画デジタル化に向けた最大の課題となっている。