遅々として普及しないデジタルTVにしびれを切らしたFCC(連邦通信委員会)議長,Michael Powell氏(国務長官Collin Powell氏の息子)が4日,米国の主要テレビ局に対し,放送デジタル化へのロードマップを提示した。

 この中でABC,CBS,NBCなどネットワーク地上波局が今秋から,prime-time(午後8時から10時までの高視聴率・時間帯)番組の半数をデジタル化するよう要請している。またケーブルや衛星TV放送の業者に対しても,来年1月までにデジタル番組の放送を本格化するようにうながし,家電メーカーには4年以内にデジタルTV受像機の製造台数を大幅に拡大することを要請した。

 Powell議長の今回の提案には全く拘束力がないが,仮にこうした要請が功を奏さなければ,FCCは一種の業界指導に踏み切る可能性がある,と言われる。

2006年までのデジタル放送への切り替え予定は困難

 米国の放送デジタル化は,97年に連邦政府の主導によって開始された。当初の計画では,2006年までに全米1600の地上波テレビ局がすべてデジタル放送に切り替わる予定だった。しかし2002年現在,デジタル放送を実現したテレビ局は271局にとどまっている(National Association of Broadcasters調べ)。また,彼らが提供するデジタル番組の数も,極めて少ない。このペースでは2006年の「切り替え期限」を守るのは,かなり難しい。

 もともと2006年という期限にも厳格な拘束力はないのだが,これを守らないと市民団体や業界監視団体などからの非難を浴びるので,政府(FCC)としては,そうむげにもできないのだ。というのは切り替え事業の開始に先立って,米国のテレビ局はデジタル放送用の電波(周波数帯域)をタダで貰ったからである。

 「市場価値にして700億ドルは下らない」というデジタル放送用電波は当時,議会と政府から民間企業に与えられた「史上最大の贈り物」と言われた。この裏でテレビ局から政治家に相当のロビー資金が流れたのは間違いなく,一種の癒着と見る向きもある。FCCや連邦議会としては,ここまでテレビ局を大目に見てあげた以上,「デジタル化が予定通りに進まない」では済まないのである。

 デジタル放送の普及が遅れた理由の一つに,HDTV(高品位放送)の評判がいま一つ,ということがある。HDTVは走査線の数を現在の約2倍にし,これにハイファイ・サウンドを組み合わせるなど,文字通り高品質のテレビ放送を目指している。

 最初のころ,「デジタル化への切り替え」は,「HDTVの実現」とほぼ同義ととらえられていた。しかしながら高品位放送をその目で確かめた米テレビ局の幹部の中には,「これが,そんなに凄い映像であるとは思えない」という(正直な)感想を洩らす人が少なくなかった。

 この直感はピタリと当たり,HDTV用の受像機はほとんど売れていない(全米で30万台程度と見られている)。売れないからいつまでたっても高い。受像機とセットトップ・ボックスの価格をあわせると,現在でも1500~8000ドルもする。

 例によって「鶏と卵」の例えで,受像機メーカーとテレビ局はお互いに罪を押しつけあっているが,実際のところは「HDTVが,視聴者に買ってみたいと思わせるほどの魅力を備えていない」というのが真の理由であろう。テレビ放送が高品位化するのは,長期的に見れば時間の問題だろうが,しかし当面デジタル化をうながす直接の要因とはなり得ないのではないか。

起爆剤となるか,双方向テレビ事業

 デジタル放送への切り替えは,地上波局よりもむしろ,ケーブルや衛星放送業者の手によって進みそうだ。そしてデジタル化への起爆剤になるのはHDTVではなく,Interactive TV,いわゆる双方向サービスになるだろう。

 かつて苦い失敗を繰り返した双方向テレビ事業だが,米国ではここに来てようやく本格的に普及する兆しがある。ケーブル・衛星放送業者が提供する双方向テレビ・サービスへの加入者は,既に昨年末の時点で780万人に達した。これは全米1億500万世帯の約7.5%である。双方向テレビは,事実上デジタル放送だ。Forrester Researchでは,「双方向テレビの普及率は,今年末に約15%(現在の2倍)になる」と見ている。

 米国のケーブルと衛星テレビ放送の普及率は,両者を足すと全世帯の80%にも達している。CBSやNBCなど地上波テレビ局の番組も,そのほとんどが実は地上波ではなく,ケーブルや衛星放送業者のサービスを介して視聴されているのだ。従って,ケーブルと衛星放送のプログラムがデジタル化されれば,地上波局も彼らにあわせて番組をデジタル化せざるを得なくなる。

 もっとも,米国のケーブル・衛星放送業者によるデジタル・サービスは,現在のところ,ごく初歩的な双方向サービスがほとんどである。

 中心になるのは映画などのオン・デマンド放送や,天気予報,レストラン情報などのデータ放送である。視聴者の要求を受けて,スポーツ放送の途中でカメラ・アングルを変えたり,番組のシナリオを変えたり,といった高度な機能はおよびでない(こうした進んだサービスは,むしろ英国で人気がある)。

 米国のケーブルTV業者らは試行錯誤の末に,「当面は初歩的な機能で十分」という結論に落ち着いた。そのせいか,セットトップ・ボックスの価格も300ドル程度と手ごろである。

 米国の双方向テレビは現在まで,二番手グループのケーブル・衛星放送業者が先頭に立って進めてきたが,今年からタイム・ワーナー・ケーブルなど大手業者も本腰を入れる構えだ。彼らの試みが成功すれば,放送デジタル化にも拍車がかかるだろう。