昨年,米国の音楽商品の売上は,前年比で10.3%も減少した(出荷個数ベース,RIAA:米レコード産業協会調べ)。日本では通年で11%減少し(日本レコード協会調べ),世界全体では前期6カ月の集計で6.7%下落している(IFPI:国際レコード産業連盟調べ)。

 理由として,世界同時不況のせいで消費者の財布のひもが固くなった,という見方もあるが,それにしても10%以上の急落というのは,過去と比べると尋常な落ち込み方ではない(図1)。

 音楽商品(全体の約9割がCD)の売上は,この10年ほど,若干の増減はあるものの,ほぼ頭打ちの傾向を示していた。その間に大ヒット曲の不在や,経済の好不調という波風は当然あったが,通年の売上には,それほどの影響を及ぼさなかった。

 仮に今回の不況が,過去最近のどれよりも厳しかったとしても,音楽をはじめとする廉価な娯楽商品(サービス)は,基本的に景気にあまり左右されないものだ。実際,ハリウッドを中心とする映画・ビデオ産業は昨年,不況にもめげず史上最高の売上げを記録したのである。

 これらを総合すると,音楽産業スランプの背景には何かこの業界独自の理由,それも一時的ではない新たな構造的要因があるのではないか,ということが考えられる。

オンライン海賊版の蔓延が要因か

 RIAAでは,その理由として「オンラインによる海賊版の蔓延(まんえん)」を指摘している。同団体が最近発表した調査結果によれば,対象となった2200人あまりの消費者のうち,23%が「インターネットをはじめ,無料で音楽を入手する手段があるので,CDの購入を差し控えた」と回答した。

 同じ調査によれば,2001年には回答者全体の50%がインターネットから音楽をダウンロードし,それをCDに焼き付けて海賊版を作った。2年前にこの数字はわずか13%に過ぎなかったという。さらにブランクCDへの焼き付け装置は,今や全体の40%が持つ時代になったが,これも2年前は14%に過ぎなかった。ここ数年の間に猛烈な勢いで「オンライン音楽」と「手作りCD」がはびこったことがわかる。

 しかし調査団体が異なると,オンライン音楽に対する見方も違って来る。Ipsos-Reidという世論調査機関によれば,対象者全体の81%が「インターネットで音楽を聞き始めてからもCDの購入回数は減っていないし,ある場合には,むしろ増えている」と回答した。

 さらに全体の47%が,「最近買ったCDの中には,インターネットが無ければ知ることがなかった音楽がある」と回答した。これらを総合して同調査機関では,「インターネットはむしろ,埋もれていた音楽やアーティストを消費者が発掘するチャンスを提供し,CD販売の裾野を広げる」と結論づけている。

 「物は言いよう,考えよう」といったところだろうか。Ipsos-Reidの調査結果を逆に言うと,全体の19%は「インターネットで音楽を聞き始めてから,CDの購入回数が減った」ということになる(もちろん「分からない」という回答も含まれているから,実際は19%より,やや少なくなるだろうが)。

 これはRIAAによる「23%」という数字と,それほど違うわけではない。「埋もれているアーティストを発掘するチャンスを提供する」というのも,RIAAの調査結果と矛盾するわけではない。両者は基本的に同じ結果を,違う見方(表現)で言っているだけかもしれない。インターネットは,やはり色々な意味で音楽セールスに影響を与えていることは間違いない。

 そこには好影響と悪影響のいずれもあろうが,全体として見ればインターネットはやはり音楽販売の足を引張っているようだ。同じくRIAAの調査によれば,昨年シングル・レコード(これも主にCD)の出荷個数が40%近くも急落したのだ(図2)。この理由は恐らく,消費者がシングルを買うのを止めて,オンラインで1曲ごとにダウンロードし始めたせいではないかと思われる。

違法コピー防止やオンライン販売に本腰を入れる音楽業界

 ワーナーやユニバーサル,ソニー・ミュージックをはじめとする世界の主要レコード会社は,昨年末に2派に分かれて,音楽のオンライン販売を開始した。いずれも月極めの契約サービスで,翌月に契約を延長しなければ,折角ダウンロードした曲も聴けなくなってしまう。

 またCDに焼き付けられる曲数も限定されているし,サービスに加入するまで,オンライン・カタログにどんな音楽が入っているかを知ることすらできない。非常に不親切なサービスで,利用者が急増するとは思えない。Ipsos-Reidの調査によれば,これまでのところ同サービスを利用した人の数は,オンラインで音楽を聴く人たち全体の8%に当たる約400万人という。

 レコード会社は今のところ本気でオンライン販売に取り組んでいるとは思えないが,昨年のCD売上げがここまで急落した以上,今年から本腰を入れざるをえまい。

 レコード会社は海賊版への対策として他に,プロテクション(違法コピー防止)技術を音楽CDに組み込み始めている。プロテクトされたCDからは,パソコンのハード・ディスクやMP3プレイヤーなどに音楽をコピーして聴くことができない。

 つまり海賊版を根元から絶つ方式である。ユニバーサル・ミュージックが最初に始め,他のレコード会社もすぐに追随した。既に欧州や米国では,プロテクション付きのCDが出回り始めており,日本でももうすぐ始まるだろう。

消費者からの反発が課題に

 ただし,これには消費者からの反発が強い。なぜかというと,別にコピーしたわけでもないのに,自分で買ったCDがパソコンやカー・ステレオなどで聴けないことがあるからだ。よく確かめてみると,そのCDはプロテクション商品だった,というケースが往々にしてある。明らかに技術的欠陥である。

 ソニーやフィリップスなど,音楽事業とエレクトロニクス事業の両方を抱えるグループでは,エレクトロニクス事業側から音楽事業側への非難の声が聴かれる。自分たちが製造した音楽プレイヤが,まるで欠陥商品のように見られてしまうからだ。

 グループ内でさえ反発があるのだから,CDのプロテクションは今のところ,そう急激に普及することはないだろう。しかし改良は当然図られるだろうし,CD以外の媒体,たとえばデジタル化の心配が無いカセット・テープへのコピーは可能にして,消費者の反発を最小限に抑える対策も考えられている。

 これによって時間稼ぎをする間に,オンライン音楽販売を軌道に乗せるというのが,レコード業界の腹積もりである。