ほとんど投資金が枯渇した米国のIPO(Initial Public Offering:株式公開)市場で,久しぶりにインターネット企業の公開株価が急騰し,注目を集めた。先週金曜日(15日),NASDAQ市場に上場したPayPal社の株価は売り出し価格13ドルが,その日の終値で20ドル9セントを付け,55パーセントの急騰という快挙を成し遂げた。当日の調達金は7020万ドルに上った。

ネット企業のIPO復活なるか――試金石として注目集める

 PayPalはインターネット上で,いわゆる電子決済サービスを提供する企業だ。Eコマースの決済手段として,小切手やクレジット・カードの代わりに,同社のサイバー口座を使うと,割安の手数料で迅速な支払いができる(決済の通知はEメールで売り手側に送られる)。主にeBayを始めとしたオンライン・オークションの決済手段として,PayPalが多用されている。

 PayPalの過去3年間に渡る営業損失の累積額は2億6500万ドル。同社は「これまで一度も営業黒字を達成したことはないが,営業損失は四半期ごとに減少し,売上げは年々増加している」――

 こう来ると,「いつか,どこかで聞いた話だな」と思い当たる読者も多かろう。そう,かつて90年代後半にバブル化した,ドットコム企業のIPOとそっくり同じシナリオである。当時は,実績は無くとも将来性だけで,インターネット関連企業の株価が跳ね上がった。

 これが再び到来するかどうかという点で,PayPal株の今後の値動きは注目に値する。今週(18日からの週)急落するようなら一時のあだ花に過ぎないが,安定して推移すれば,インターネット企業のIPOが復活する好材料になる。

1999年に486件あったIPOが,2001年には83件に急落

 米国のIPOを取り巻く環境は,わずか数年で隔世の感がある。1999年に486件を記録したIPO件数は,翌々年の2001年には83件にまで急落した。IPOによる調達総額では2000年の970億ドルが過去最高だが,これも2001年には410億ドルまで急落した(下の図参照)。

IPO推移

 9月11日のテロ直後には「IPO件数がゼロ」の月が出るなど,2001年のIPO市場はさんざんな結果に終った。特にインターネット関連企業のIPOは,2001年を通じてほとんど見当たらなかった。

 こうした中で,インターネット企業が久しぶりに上場するというので,PayPalのIPOはかなり以前から業界関係者の熱い視線を浴びていた。

 当初は8日に上場する予定だったが,オンライン・セキュリティ会社のCertCoが,特許権侵害の疑いでPayPalを告訴し,IPOは1週間延期された。これに追い討ちをかけるように,ルイジアナ州が同社に対し,正規の事業免許を取るまでサービスを中断するよう勧告を下した。

 こうした悪材料が重なっただけに,15日のIPOを不安視する向きもあった。これをはねのけての急騰だけに,株式発行を引き受けたSalomon Smith Barneyを始め,投資業界関係者の並々ならぬ力の入れ様が伺える。PayPalはIPO復活への頼みの綱だけに,「頑張れ,負けるな」とばかりに応援したのであろう。「夢よもう一度」,である。

IPO待ち状態にある企業の44%は,ITを中心とするハイテク企業

 PayPal株の今後の値動きに対しては,楽観論と悲観論が錯綜している。PayPalは確かに黒字を出していないが,かつてのドットコム企業のように「実績がゼロ」というわけではないのだ。Eメールを使った電子決済ビジネスでは,PayPalは市場全体の9割を握るダントツのリーダーである。

 現在のところeBayのオークションに参加する人の大半が,PayPalを使っていると言われ,この縄張りを守り続けることができれば,巨大な鯨にしがみつく小判鮫のごとく,いつかは自らも営業利益を上げることができるだろう。

 しかしPayPalの成功を目の当たりにして,様々な業者が電子決済ビジネスに参入してきた。Wells Fargo銀行とeBayが共同出資したBillpoint社の他,YahooやCitigroupなど大企業も電子決済ビジネスを開始した。特にeBayは当然のことながら,自ら出資したBillpointをユーザーに推奨して行くであろう。PayPalを取り巻く環境は,決して甘いものではない。

IPO Return IPO市場全体の展望だが,最悪と見られた2001年は,実は再浮上に向かう転換点となった。年末の株価からIPO時の公募価格を引いた差額,いわゆるIPO Return率は2000年に-18%と史上最悪を記録した。しかし2001年は+16%と,わずかながらもプラスに転じたのである。特に9月11日のテロ以降に実施されたIPOでは,+35%と1998年当時のReturn率に戻っている(www.ipohome.comの調べ)。

 2000~2001年のIPOをリードしたのはヘルスケア産業だったが,現在IPO待ちの状態にある企業の44%はITを中心とするハイテク企業である。IT企業のIPOが再び活発化する土壌は存在するのだ。