このところ,米国のテレビや新聞はEnron(エンロン)報道一色に塗りつぶされている。テロ事件に大きな進展が見られないため,一時的に行き場を失ったメディアの関心が,一斉に「米国史上最大の倒産」事件へと向かったのだ。昨年12月に破産法の適用を申請した時点での同社の負債総額は,131億ドル(約1兆7千億円)。今後,粉飾決算の調査が進むにつれ,その額はさらに膨らむであろう。

 さらに政界,中でもブッシュ政権とEnronとの癒着が発覚したために,事件の推移によっては,高支持率を誇ってきた政権の足元が揺らぐ可能性さえ出てきた。連邦議会の特別委員会やSEC(証券取引委員会)による調査が,既に始まっている。大変な事件へと発展しそうなのだ。

初歩的な粉飾決算の手口を,誰も指摘できなかった

 Enronの粉飾決算は「子会社に損失を飛ばす」という,ごく初歩的なやり方で行われた。米国では,親会社の出資比率が50%未満の子会社(partnership)は,連結決算の対象外となる。Enronは海外を含め3000以上のpartnershipを持っている。公表したくない損失が生まれるたびに,これらのpartnershipに損失を飛ばしてきたのだ。

 ところが昨年秋に,Enronが50%以上出資する子会社が,partnershipの一つであるJEDI社に「うっかり」出資してしまったため,結果的にJEDIに対するEnronの出資比率が50%を超え,連結決算の対象となった。ここから事実上の簿外債務が発覚し,芋蔓(いもづる)式に不正行為が明るみに出たのだ。

 一旦まとまりかけていた同業他社Dynegyによる救済合併は破棄され,Enron株への信用不安が一気に高まった。かつて80ドル以上を記録した同社株価は,わず数カ月で1ドルを切り,つい先日,Nasdaqの売買リストから外され,「紙切れ」同然になってしまった。

会計事務所も有力アナリストもマスコミも,実態を見逃す

 ここ数年,Enronの会計監査を担当してきたのは,4大会計監査事務所の一つであるArthur Andersenである。事件のあらましが明らかになってから,これほど初歩的なトリックを見抜けなかったArthur Andersenに対する非難が集中した。

 しかし,Enronの壊滅的な財務状況と不正行為を見抜けなかったのは,Arthur Andersenだけではなかった。S&PやMoody'sなどの格付け会社は,粉飾決算が発覚する直前まで同社の格付けを下げようとしなかったし,証券会社の有力アナリストたちも「買い」の評価を変えようとはしなかった。

 さらにビジネス雑誌を始めとするメディアも,Enronを持ち上げる提灯報道に終始した。たとえばFortune誌はEnronを,「米国で最も創造性に富んだ会社」と絶賛したが,この記事が掲載されたころには,同社の経営は事実上破綻していたのだ。

 会計監査のプロから有力誌のビジネス・レポーターまで,なぜそろいもそろってEnronの実態を見逃してしまったのか?

 調査が本格化するのはこれからだが,少なくともArthur Andersenについては,「間違って見逃した」というより「意図的にもみ消した」という見方が強まっている。現場で監査をするArthur Andersenの会計士は,既に昨年2月の時点でEnronの財務状態の異常に気付いており,8月には上司にそうした調査結果を報告していたが,これは結局表に出なかった。

 Enronの幹部には,Arthur Andersenから横滑りしてきた人が沢山おり,2つの会社は頭の方では,いわば一心同体だった。とても客観的に「会計監査」できる状況ではなかったようだ。これから刑事調査が進めば,逮捕される人が出てくるだろう。またフロリダを始めとするいくつかの州では,Arthur Andersenの免許停止を求める訴訟を起こす構えだ。

ビジネスの斬新さに目をとらわれ,誰も本質を理解できなかった

 それでは,彼らを客観的に評価すべき,アナリストやジャーナリストたちはなぜ気付かなかったのか? その理由は,Enronのビジネスがあまりに斬新であったために,誰一人として,それを完全に理解できる人がいなかった,ということになるかもしれない。

 テキサス州ヒューストンに本社を置くEnronは,1985年にHouston Natural GasとInternorthの2社が合併して出来た会社だ。元々は天然ガスのパイプライン会社だったが,エネルギー業界の規制緩和の波に乗って,瞬く間に業務を拡大した。「規制緩和の波に乗って・・・」というより,先頭に立って規制緩和を推し進めたのが,EnronのCEO,Kenneth Lay氏だった。彼はブッシュ現大統領の父親の時代から歴代の政権と深いつながりを維持し,大量の政治献金を使って,電力や天然ガスの取引自由化を推し進めてきた。

 これまで政府が決めてきたエネルギー価格が自由化されれば,当然,価格の変動によるリスクが生まれる。この危険を回避(ヘッジ)したい電力会社のために,Enronは「天然ガスの先物取引」という新しいビジネスを開始した。ちょうど鉱物や農作物のような先物市場が,エネルギー業界でもできあがったのだ。

 Enronは,天然ガス会社と電力会社の仲介役の仕事を独占し,大儲けしたのだが,何のことはない,自分で危険要因を作り出しておいて,それによって自分で儲けたのである。

 Enronはエネルギーの売買を,インターネットによるオンライン取引で成立させた。いわゆるEマーケット・プレイス(オンライン取引市場)である。Enronの2000年の売上げは1000億ドル(全米7位,前年比250%増)に達した(とされる)が,その6割はE-Marketplace上での取引から上がったものだ。

 このように伝統的産業のパイプライン会社から出発し,最後はeコマースの旗手へと転進を遂げたわけだが,新旧両方の産業に片足づつ突っ込んでいるため,アナリストの方でも,これをどう評価していいかわからなかった。

 例えばEnronの年間売上げが1000億ドルにも達したのは,エネルギー業界の通例として,取引されたすべてのエネルギーを収入として換算していいからだ。しかし,E-Marketplaceを本業とする立場から見れば,Enronは仲介業者に過ぎないのだから,本来ならマージン(仲介手数料)だけを収入として計上すべきなのだ。不正経理が明らかになる以前から,そもそも「1000億ドル」という収入は途方もなく嵩(かさ)上げされた数字だったのである。

 こうしてEnronは折りからのインターネット・ブームに乗って,「実力以上の」高い評価を受けた。「売上げが増加し続ける限り,ビジネスの中身は問わない」というのが,ドットコム企業に対する,アナリストたちの基本的な姿勢だったが,これがEnronに対しても適用されたのある。