前回は韓国の携帯電話市場環境や韓国政府の番号ポータビリティ導入目的と方法などを説明した。新制度導入から4カ月がたったことで,どのような傾向なのかがはっきりしてきた。それを検証してみよう。

月間の純増は大変動したが

 前回説明したように,韓国ではSKテレコムの独占を解消するために世界に例のない時間差導入を実施した。この時間差導入の効果はどれくらいあったのだろうか。

  図1●2004年1月~4月の加入者の純増 SKテレコムの1月は純減だったが,増加してきた。

 番号ポータビリティ導入後,各社の純増数は激変した。2003年の年間純増数は前回述べたように,SKテレコムが109万とダントツだった。

 ところが同社は2004年1月には新規申し込みよりも解約者の方が多く,純減に転じてしまった(図1)。その後,純増に転じたものの,KTFやLGテレコムには及ばない。

 一方,2003年の純増では最下位だったLGテレコムは,毎月純増を増やし,4月にはKTFを抜いて,ついに純増数ではトップに躍り出た。

SKテレコムのシェア過半数は変わらず

  図2●2004年4月末でのシェア

 このように純増数は大変動したが,シェアで見るとまだ大きくは変わっていない。2004年4月末での各社のシェアは2003年末に比べてSKテレコムは2.5ポイント減り,KTFとLGテレコムはそれぞれ1.3ポイント, 1.2ポイント増えた(図2)。

 番号ポータビリティを利用者数はどうだったのだろう。1月には30万4000人がSKテレコムからKTFあるいはLGテレコムに移行した。ところが,2月には18万5000人と4割減になってしまった。

 3月からまた少しづつ増えてはいるが,当初の予想には及ばない数値である。4月末までの累計では97万3000人になる。これはSKテレコムの2003年末の加入者の5.3%にあたる。

 2004年7月からKTFのユーザーが他の携帯電話会社に移行できるようになると,SKテレコムのシェアが再び増加に転じる可能性もある。あるリサーチ会社の調査によると,KTFからSKテレコムへの移行を希望しているユーザも相当数いるそうだ。このままだと時間差導入によってSKテレコムの独占を避けようとした韓国・情報通信部の意図とは違う展開になるかもしれない。

 4カ月間の推移をみてきたKTFとLGテレコムはSKテレコムの独占を避ける別の補完策を政府に要求している。しかし,これでは市場の自由競争の活性化を狙う番号ポータビリティの趣旨に反する結果につながる恐れがある。

 海外の事例をみると,市場集中度が高い国・地域ほど番号ポータビリティの利用率が低い傾向がある。例えば市場集中度が比較的に大きい英国,オーストリア,オランダの場合,番号ポータビリティ導入後1年間の番号ポータビリティ利用率は3%以下に留まっている。

 それに対して1位事業者のシェアが低くて,多数の競争会社が争っている香港では番号ポータビリティ導入後1年間で20%以上の利用があった。 各社が競っている米国の場合,1位事業者であるVerizon Wirelessのシェアは番号ポータビリティ導入後さらに増えている。

 韓国はSKテレコムが過半数のシェアを持っていたため,番号ポータビリティの利用率が低くなる懸念があった。そこで導入開始時期をずらすことによって,番号ポータビリティの利用率を高め,SKテレコムのシェアを下げることを狙ったが,その意図は達成できない可能性がこの4カ月の動向ではっきりしてきた。

番号ポータビリティより多かった010新規加入

 4カ月間の各社の新規加入の内訳を見てみよう。前回述べたように,2004年1月1日から,新規に携帯電話を申し込んだ場合,その番号は電話会社に関係なく「010」で始まる番号になった。この「010番号による新規加入者数」と「番号ポータビリティによる新規加入者数」の推移を図3に示した。

 これを見て分かるように,実は010の新規加入の方が多い。この新規加入には,これまで携帯電話を使っていなかった人が新規に使い始めるのに加えて,既存の携帯電話ユーザーが010で好きな電話番号を使うためにいったん解約して新規に申し込んだ数も含まれる。しかし,携帯電話各社によると,後者の数はそれほど多くなかったという。

図3●2004年1月~4月の新規加入者の内訳 新規加入の多くが010番号での加入が占め,それに比べるとSKテレコムから他の2社に移った人はそれほど多くはない。

 すると,これまで携帯電話を使っていなかったが新たに使い始めたという人がほとんど,ということになるのだが,これは携帯電話会社がマーケティング活動を強化し,待機需要者の新規加入を促進した結果である。だが韓国はすでに10人に7台が携帯を持っているので,このような新規加入の増加が長く続くとは思えない。

エスカレートする各社の料金競争

 韓国ではキャリアによっての通話品質の差はほとんどない。それにSKテレコムとKTFのデータ・サービスの差もほとんどない。このため,結局料金がキャリア選択のポイントになっている。番号ポータビリティが始まったことによって,各社の料金競争がエスカレートしている。

 まず全社が約定割引料金制を実施している。これは18カ月間あるいは24カ月間加入を続ける条件で通信料金が割引になる制度。LGテレコムが2002年から実施していたが,番号ポータビリティをきっかけにKTFは2004年1月はじめから,SKテレコムは情報通信部の認可後1月末から追随した。この割引制度は通話量が多いほど割引率が高い。約定期間内に解約したユーザーは違約金を払わなければならない。

 既存の家族割引やカップル割引などのサービスは,2004年に入ってから3社とも割引率を拡大している。

 また,番号ポータビリティをきっかけとして定額料金プランが始まった。まずKTFが基本料を含めて月10万ウォン(約1万円)で音声通話を無制限に利用できる「無制限定額料金プラン」を1月13日から実施した。これに対して,SKテレコムとLGテレコムはKTFの新料金プランがネットワークに対する追加投資や接続料の負担などによって携帯電話業界を破たんに追い込むと非難の声を挙げた。

 ところが,KTFを非難した2社も,すぐにKTFと同様の定額料金プランを発表した。LGテレコムは1月16日から月9万5000ウォンの無制限定額料金プランを実施した。SKテレコムは1月19日,情報通信部に月11万ウォンの無制限定額料金プランの認可申請書を提出したが,未だに許可されていない。SKテレコムはシェアが50%以上であるため「支配的事業者規制」を受けており,同社だけが情報通信部に認可申請が必要となっているのだ。

 韓国携帯電話会社のユーザー当たりの平均収入は3万ウォン台であり,各社の無制限定額料金プランは,平均の3倍以上の通信費を払っているヘビー・ユーザーを対象にしたものである。そのため, 各社の無制限定額料金プランの加入者はあまり多くない。2004年4月末での無制限定額料金プラン加入者はKTFが全加入者の0.3%にあたる3万5000人,LGテレコムが0.2%の1万1000人である。

 KTFとLGテレコムはSKテレコムから乗り換えてきたユーザーが比較的高い通信料を払っていると発表している。その理由は番号ポータビリティ利用者が無制限定額料金プランを利用しているからというよりは,多様なデータサービスが利用可能な最新端末を購入したからといえるだろう。

 ただ,番号ポータビリティ・ユーザーが安い通信料金を求めていることは確かで,調査会社によると,番号ポータビリティ・ユーザーの70%が乗り換え後の携帯電話会社の通信料金に満足しているという。SKテレコムの通信料金は2社に比べて高いのである。

安くならなかった最新端末

 通信料金には満足しているユーザーだが,新制度導入にともなう一時的な費用については不満の声が出ている。

 まず1つは端末の価格についてである。韓国の携帯ユーザーが番号ポータビリティで一番期待したのは,最新端末を安く購入できることだった。韓国では,携帯電話会社による端末奨励金が禁止されている。このため1年前のモデルであれば10万ウォン(約1万円)程度で購入できるのに,最新機能付きの端末は50万~70万ウォン(約5万~7万円)もする。

 番号ポータビリティ導入前には,インターネットや携帯電話ショップを通じて,情報通信部の端末奨励金政策の変化によって010加入や番号ポータビリティを利用する場合最新モデルを安く買えるようになるという噂が広まり,多くのユーザーはそれに期待した。ところが実際には,最新機種の値引率は10%程度に留まっており,ユーザーをがっかりさせている。この問題に対するユーザーの不満は高くなりつつあり,番号ポータビリティ利用率の減少につながっているのではないかと考えられる。

 もう1つは加入費である。番号ポータビリティ導入にあたって情報通信部は「番号ポータビリティ利用料」として1000ウォン(約100円)がかかると発表していた。ほとんどのユーザーは番号ポータビリティ利用に関するすべての費用は1000ウオンですむというイメージをもった。

 ところが,実際にサービスが始まってみると,番号ポータビリティ利用料に加えて,これまでの新規加入と同じように加入費がかかることが明らかになった。その金額は3万~5万ウォン(約3000~5000円)で,端末価格の1割以下とはいうものの,加入費について国民に知らせなかった情報通信部に対して,国民の不満は高まった。

 この加入費は,キャリアを変えずに010番号に変える場合でも必要になる。これまで同じキャリアで電話番号を変える手続きは無料だったので,ユーザーの不満は募った。

 今は,好きな番号を付けたいという人が010番号に切り替えているが,2008年までにはすべての携帯電話ユーザーが010番号に切り替えなくてはならない。これは加入費の2重取りのようなもので,どう考えても納得がいかない。この政策に対する反対意見が高まっており,政府はこの政策を再検討しているという新聞報道があった。今後,この政策は見直される可能性もでてきた。

負担が大きいキャリア

 これまで無料だった番号変更を有料にしてユーザーからひんしゅくを買っている携帯電話会社側にも事情はある。番号ポータビリティにともなう多額の費用を携帯電話会社が負担しているのである。

 番号ポータビリティのシステム構築費は1697億ウォンかかったが,この費用は携帯電話会社と有線の電話会社で折半した。携帯電話会社3社で823億ウォン,有線電話会社で874億ウォン(うちKTが695億ウォン)をまかなったのである。

 ユーザーからは前述のように番号ポータビリティ利用料として1000ウォン(約100円)を徴収することになっているが,実際には加入費に含んだ形を採っている。ユーザーには1000ウォンと言っておきながら,キャリアには加入費を2008年までに全ユーザーから徴収することを認めた情報通信部のやり方には,批判の声が高まっている。

 マーケティング費用も跳ね上がっている。番号ポータビリティが始まった当初から,KTFとLGテレコムはSKテレコムの加入者を乗り換えさせようとする一方で,SKテレコムは既存の顧客を引き留めようと総力を注いでいる。その結果,どの事業者もマーケティング費用が昨年より10パーセント以上増加する見通しだ。

 こうした結果,マーケティング費用が設備投資額を上回るようになってしまった。これまでは設備投資額の方が大きかったのだ。携帯電話会社の事業の中心が新サービスの提供よりも,加入者の引き込みや囲い込みに移ったといえる。この状況は各社のIMT-2000など次世代サービスの展開を遅らせることにつながり,問題視する声も出始めている。

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 2回に分けて韓国番号ポータビリティ制導入の特徴と導入後に何が起きているのかを検証してみた。番号ポータビリティに対する関心は以前よりずっと減っているが,携帯電話各社は今度は非接続式ICチップが組み込まれた携帯電話を使ったモバイル・バンキングや決済サービスでユーザーの囲い込みを狙っている。次回は最近急にブームを迎えている韓国でのモバイル・バンキングや決済サービスについてレポートする予定である。

(韓芝馨=エンターキナー)


■著者紹介:
ハン・ジヒョン。1998年,韓国インターネット・バブルが最高潮になったとき,大学を卒業してインターネット・ベンチャーで事業企画業務を始める。2000年になって当時日本で活性化されたモバイル・インターネットに興味を持ち,IT専門リサーチ会社で通信会社や端末メーカ,ITベンチャーを対象に当時モバイルインターネット先進国であった日本のモバイルインターネット産業をリサーチして提供する。2003年からエンターキナーでリサーチャーとしてIT関連リサーチ業務を続けている。エンターキナーは韓国・ソウルに本社を置くリサーチ・コンサルティング会社。韓国内外の情報通信市場・技術動向,環境分析,政策,戦略分析,ビジネス・モデルなど専門分野のレポート発行,市場調査などを行っている。