新しい教育研修のツールとしてeラーニングへの関心が高まっているが,これから導入しようという企業にとって必要な情報が十分に提供されているわけではない。従来型教育とのコスト比較,受講者管理と履修率の向上,コンテンツ制作の難易度など,知りたいことは山ほどある。この7月末に先進学習基盤協議会(ALIC)などが主催したフォーラム(e-learning Forum 2002 SUMMER)ではこれらの疑問に答える多くの導入事例が紹介された。このレポートではフォーラムに登場した先進事例を10回シリーズで紹介する。

(松本庸史=編集委員室主席編集委員)

コーポレイトソフトウェア
ITサポートのプロ集団を育てるeラーニング

 パソコン・リテラシーのレベルからネットワークを使ったサービス提供の担当者,さらにはシステム部門のレベルまでIT関連のユーザー・サポートのニーズは加速度的に増えてきている。コーポレイトソフトウェア(CSL,本社東京,南昌宏社長)はこうしたニーズにこたえるための技術サポート専門会社だ。

コーポレイトソフトウェアのeラーニング導入状況

教育内容マイクロソフト、シスコなどの技術者認定試験
対象者技術サポートに携わる社員(サポートエージェント)
社内研修におけるeラーニングの位置付けCSL Collegeにおける研修手段の一つ
eラーニング導入のねらい集合教育、社外講習の問題点解決のため
eラーニング導入の効果マイクロソフトのMCP試験で驚異的な合格率
強制力あくまで自主的。会社も社員も研修の重要性を自覚
研修費用外部の資格試験講座に通うのに比べ2分の1以下
インセンティブ特になし。ただし経費は会社持ち、研修時間は社員持ち
コンテンツ・ベンダーNTT-X
システム・ベンダーNTT-X

●技術レベルが社員の賃金と会社の収益に直結

 CSLを支えているのはサポートエージェントと呼ばれる技術サポートに携わる社員らだ。CSLの事業展開はこのサポートエージェントの技術能力にかかっているといってもよい。それだけにCSLは社員の能力アップのための教育研修に多大なエネルギーを注いできた。従業員1090人の会社で9人もの教育研修部隊(人材開発部教育グループ)を抱え,CSL Collegeという教育研修組織を運営していることが同社の姿勢をよく表している。

 同社の技術サポートの対象は,ネット・トレーディングのために初めてパソコンに触ったといったビギナーから,ネット・ビジネスの道具としてサーバーを運用しているビジネスの担当者,さらにシステム部門などの技術者まで広がっている。簡単なパソコンの操作を知っていればできるサポート・サービスもあれば,相当程度のコンピュータ・ネットワーク運用の経験と知識がないとできないトラブル・シューティングのようなサポートサービスもある。当然のことながらサポートのレベルが高いほどサポート料も高く,収益も大きい。

 CSLの賃金体系は年齢に関係なく仕事のレベルと量に応じて決まる成果主義を取っている。社員が技術的能力を高めて,収益の高い仕事ができるようになればその分,その社員の賃金が増え,会社も収益が上がる仕組みだ。CSLが全社挙げて教育研修に取り組むのはこのように社員の技術的能力がその社員の収入と会社の業績に直結しているからだ。

 だが,社員の教育研修の場であるCSL Collegeにも悩みがあった。最大の問題は社員を1カ所に集めて決まった時間で行う集合教育が難しいことだ。これまでCSL Collegeは,社内での集合研修が主体で,カバーしきれない分を外部の講習でまかなってきたが,サポートのニーズに対応して東京の本社以外に横浜,九州,さらにこの8月からは新潟へと地方拠点を増やし,その上,得意先企業に出向いてサポート・サービスを提供するオンサイト型も増えてきた結果,集合教育型Collegeに代わる研修手段が必要になったのだ。この他に集合研修は研修のための費用が多額に上ること,受講者の進捗状況の把握が困難なこと――といった悩みもあった。

 こうした問題の解決策としてeラーニングが浮上してきた。eラーニングなら受講者は時間や距離,受講場所に制約されずに済む。コストも集合研修よりはるかに安い。しかも受講者の管理は個人レベル,部署レベルでほぼ完璧にできるからだ。

 必要な設備はネットワークにつながったパソコンとブラウザだけ。それ以外にクライアント側に特定のソフトウエアなど準備する必要はない。これだけで,受講者はいつでもどこにいてもeラーニング講座にアクセスでき,可能な時間帯で受講し,さらに分からなければ何回でも繰り返し学習できる。

●最初の研修科目はマイクロソフトのMCP

 導入第1期の研修科目に選んだのはマイクロソフトの技術者認定資格であるMCP(Microsoft Certified Professional)だった。2001年11月から02年3月の5ヶ月間,各拠点ごとの事業部長に推薦させた合計20人を対象に,通常のカリキュラムと後半3回の模擬試験,さらに受講者を毎月1回,拠点ごとに集めて行うWorking Groupを組み合わせた,いわばリアルとネットワークを組み合わせたブレンデッド型のeラーニングを実施した。

 MCPの試験結果は,ServerとProfessionalの2種類の試験のうちいずれか一方を合格した人が80%,両方とも合格した人が70%に上った。それまで,外部の講習を受講させた時の合格率が48%だったことからすると,驚異的ともいえる数字であった。

 もちろん,eラーニングだから自動的に合格率が上がったわけではない。全部で19週間の学習期間の中で,はじめの段階では習得度の低い受講者に対して,人材開発部は遅れている受講者だけでなくその受講者の所属する部門の管理職にも学習促進の通知を出し,圧力をかけた。さらに,11週目と15週目の模擬試験で合格レベルに達しなかった受講者に対しては「本試験を受けさせない」との通知も出した。このような厳しい姿勢のおかげもあってか一人の脱落者もなく,全員本試験に臨み,前述のような高い合格率を実現した。

●技術資格取得のメニューをさらに拡大へ

 受講後にアンケートを取ったところ,受講者の93%がeラーニングの継続を望むと答え,模擬試験と問題集が効果的だったかとの問いには全員が効果的だったと答えた。とはいえ,eラーニング教材については受講者の3分の1が「改善が必要」と答えており,現状のeラーニング教材を適切とは見ていないことが明らかになった。

この結果を受けて,この7月から12月までの6ヶ月コースで,MCPに加えてシスコ・システムズのCCNA受験対策講座を始めた。前回が各拠点の事業部長推薦者を対象にしたのに対して今回は自主的に手を上げてきた67人を対象にしている。現時点までの受講状況は1回目より学習の進捗率が高く,前回より高い合格率を期待できそうだという。

 eラーニングの導入である程度の手ごたえを得たものの,CSL Collegeで実施している講座をすべてeラーニングに移行させようとしているわけではない。CSLでは横浜と九州の拠点に「ラボラトリー」と呼ぶ自習室を設けている。社員がコンピュータやネットワーク機器を操作して実践的なスキルを身に付けられるようにしている。このような実習型の教育研修はeラーニングでは実現は難しい。このため,当面は技術資格取得のための講座を進める方針。「最初はMCP,次にCCNA,それからActive Directory,次はUNIXかLinuxというようにメニューを増やし,受講者がスキルを上げてゆくストーリーを描けるようにする」――CSL人材開発部のeラーニング活用戦略である。