企業システムの構築で,Webアプリケーション向けフレームワークは欠かせない存在となりつつある。中でも,オープンソースの「Struts」は人気があるフレームワークだ。その普及の舞台裏には,あるエンジニアの地道な努力があった。

 オープンソースのフレームワークである「Struts」は,J2EE上のWebアプリケーションの作成を助けるソフトウエアとしてよく知られている。Apache Jakartaプロジェクト[用語解説] の中で開発が進められているオープンソースのフレームワークである。その採用事例は,日本国内でも増えている。

 Strutsは,MVCモデル[用語解説] に基づくフレームワークの1種だが,シンプルな構成で学習しやすいのが特徴だ。画面遷移の記述とプログラムを分離することに機能を絞り込んでおり,アプリケーション開発の作法を押しつける事もあまりない。こうした特徴から,初級から上級まで幅広い層の開発者に受け入れられている。

 このStrutsフレームワークが日本で普及するまでの舞台裏で,ある“普及作戦”が動いていたことは,あまり知られていない。その取り組み方を取材した。

Strutsを「売り出す」まで

 「2001年の秋頃から,Strutsに注目し,それを普及させることを狙っていた」と,日本IBMの清水敏正氏(WebSphereアーキテクト)は打ち明ける。

 なぜStrutsだったのか。まず,同社のアプリケーション・サーバー製品「WebSphere」を売るという目的が念頭にあった。その目的を達成するには,SI(システム構築)のニーズを満たす必要がある。そして,Webベースの業務アプリケーションの構築を助けるフレームワークのニーズは大きかった。同社製品の上で動く,なんらかのフレームワークが必要とされていたのである。

 ただ,独自のフレームワークを開発し,保守し続けることは負担が大きい。当時,何社ものソフトウエア・ベンダーが,独自にフレームワークを構築して製品化していたが,複数のベンダーがバラバラに開発するのでは,継続的な開発や技術者の確保に問題が出てくることが予想される。

 その頃にオープンソース・ソフトウエアのStrutsを知った。調べてみると品質もいい。大勢でバグ取りをするため,有名なオープンソース・ソフトウエアの品質は高いのだ。「これだ,と思った」(清水氏)

 そこで,清水氏らはStrutsの啓蒙活動を始めることにした。

社内,社外で啓蒙活動

 まず,社外への啓蒙活動を進めた。パートナー企業や,ユーザー企業で,これはと思う人物にStrutsの話をした。要は「口コミ」である。「口コミ」とはいえ,地位のあるエンジニア同士の信頼関係に加え,「IBMが担ぐ」というセリフが加わると,その影響力はあなどれない。

 その「口コミ」のネットワークの中には,例えば日立ソフトウェアエンジニアリング インターネットビジネス部の中村輝雄部長(当時)がいた。同社は,Strutsベースのシステム構築や,Strutsと組み合わせる高生産性ツールを早い時期から手がけているシステム構築ベンダーである。例えば同社が構築したムラウチの家電通販サイトでは,IBM製アプリケーション・サーバーの上でStrutsを利用している。日立ソフトでは,元々Strutsを採用する予定はあったのだが,「IBMがサポートすると聞いて,本格採用の腹を決めた」(中村氏)という経緯があった。

「IBMがStrutsを直す」

 一方,IBM社内,つまりWebSphere開発チームに対する啓蒙活動も行った。「Strutsを積極的にサポートするべき」との提案を繰り返し,結果として,2002年6月頃に「IBMのWebSphere開発チームがStrutsをサポートする」との約束を取り付けた。具体的には,WebSphere V5.0以降ではStrutsをバンドルし,サポートする。つまり,WebSphere上でStrutsの部分にバグが見つかった場合には,IBMがそれを修正する。修正したコードは,オープンソースとして公開しているStrutsにも反映される。結果として,品質向上のメリットはすべてのユーザーが受けることになる。

 日本の開発ニーズを満たすために,世界的に展開するソフトウエア製品がオープンソース・ソフトウエアを取り込んだわけである。その影響は,もちろん日本だけには留まらない。日本発の世界戦略といえる。

 さらに,同社はStrutsフレームワークに,日本のシステム構築で必要な機能群を補強したExtension for Strutsを開発。2002年8月に,オープンソース・ソフトウエアとして公開した。ライセンスは,Struts本体と同じオープンソース・ライセンスASL(Apache Software License)を適用している。

 「現状では,日本はソフトウエア小国と言わざるを得ない。だが,オープンソース・ソフトウエアを作って公開し,普及させていくことは,ソフトウエア分野の影響力で日本が米国に対抗しうる手段といえるのではないか」と清水氏は話す。

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星 暁雄=日経BP Javaプロジェクト