前回まで述べてきた自律コンピューティングの領域における米Microsoftのポジションを一言でいうならば,「急速に進歩してはいるが,依然としてUnixを後追いしている」ということだ。これは,自律コンピューティングが本領を発揮する大規模データ・センター環境では,WindowsよりもUnixの普及が進んでいたことを考えれば当然のことだ。

 しかし,過去においてMicrosoft社は,単に他社の後追いであるかのように見える戦略であっても,必ず自社の強みを生かした独自性を置いてきた。自律コンピューティングの世界におけるMicrosoft社ならでは,という要素はどこにあるのだろうか?

◆開発環境が強いMicrosoft社

 言うまでもなく,同社の強みはなんといっても,OS,ミドルウエア,開発ツール,そして,一部の上位アプリケーションによる統合されたソフトウエア製品群を擁していることである。特に,開発環境におけるMicrosoftの強みは当面揺るがないだろう。

 ガートナーは,今後当面の間,プログラミング環境としてJava勢力と.NET勢力がきっ抗した状態で進んでいくと予測している。いわば,米Sun Microsystems,米IBM,米BEAなどのJava連合軍が,Microsoft 1社と対抗している状態である。つまり,Microsoft社はソフトウエアのライフサイクル全般にわたって支配力を有している。

 この点を生かしたMicrosoftのユニークな戦略が“design for operation”(設計段階から運用を見込む)という考え方である。

 今,多くの情報システム組織において,運用が後付けで考えられているという問題が存在する。まずはプログラムを完成させることが最優先になり,運用上の課題が本番稼働前ぎりぎりに検討されることが多い。これはあるべき姿からは程遠い状況である。設計開発の段階から本番稼働後の運用要件とプロセスを十分検討しておき,場合によってはそれらの要件を設計に取り込んでおくことで,アプリケーションの堅牢性を大きく向上できるからである。

 ここで,「設計の段階でまだ運用のことなどは分かるわけがないではないか」とお考えの方は,既に「運用は後付け」の考え方にとらわれているだろう。

 Microsoft社は,Visual Studio .NETの将来のバージョンにおいて,設計と運用の橋渡しをするためのSDM(System Definition Model)と呼ばれるXMLベースのリポジトリを提供する。SDMにアプリケーション構成法,コンピューティング資源の要件,サービス・レベルの要件などの情報を維持管理しておくことで,ソフトウエアの設計,開発,展開,運用保守というライフサイクル全般にわたってポリシー・ベースの管理を行うことを狙っている。

◆運用を考えた設計

 多くの情報システム運用組織では,SDMに相当する情報を紙により管理していることが通常だろう。これは,変更管理上の問題となるリスクが高い。たとえば,いざ障害が発生した時に,対応マニュアルの内容が古くなっており適切に対応できないというような状況である。企業の基幹業務を支える情報システムの肝心な部分がバインダに綴じられた紙の資料に依存しているという状況は明らかに問題だろう。

 Microsoft社の運用へのフォーカス,そして,開発段階から運用要件を見込んでおくべきという思想は評価できるだろう。しかし,実際に,これらの戦略が企業に対して価値を提供できるようになるには時間を要するだろう。

 2003年4月10日の本コラムでは,『Microsoft社の戦略は「とりあえずプログラムを作っておいて,運用は後から考える」というお気楽な思想のアンチテーゼである』と書いた。正直,これはちょっとシニカルな書き方だったかもしれない。

 このようなお気楽思想はVisualBasicのカジュアルなプログラマに典型的に見られるものだからである。開発ツールとしての敷居の低さがかえってあだになっていると言えるだろう。もちろん,.NETの世界でもハードコアな開発者は数多くいる。しかし,Microsoft社には.NET開発コミュニティのカルチャをより堅牢なデータ・センター指向のものへと変革していくことが必要となるだろう。

◆.NETのオープン性は企業分割対策?

 そして,Microsoft社の自律コンピューティング・ソリューションがWindows中心型であるという点も企業ユーザーにとっては重大な考慮点である。データ・センター環境では,異機種混在が当たり前だからである。

 ここで,「そもそも.NETはオープンなのか」という点を考えてみるのも興味深いだろう。ガートナーの見解は,.NETはテクノロジ的にはオープン(ベンダー中立)であるように作られていたが,少なくとも当面の間はWindows中心型で進行していくということである。

 この分析には理由がある。過去におけるMicrosoft社の最大の懸念は独禁法上の観点からWindowsカンパニとアプリケーション・カンパニへの分割を強制されることであった。ここで,アプリケーション・カンパニ,つまり,OS以外のソフトウエアを扱う企業は明らかにOS中立性を求められる。Windows中心型の戦略を取り続けるならば,企業分割の意味がないので当然である。Microsoft社は,このような企業分割に備えたOS中立のテクノロジとして,.NETを準備していたのではないだろうか? .NETプラットフォームは,言語中立なJava仮想マシンのようなものであるし,XML Webサービスは本質的にOS中立である。

 しかし,今や企業分割のおそれはほとんどなくなった。.NETが(そして,Microsoft社の他のあらゆる戦略が)Windows中心型の戦略であるというのは,少なくとも今後5年間変わることはないだろう。