今回はグリッドに関する最終回として,主要ベンダーのグリッド戦略について簡単にまとめてみよう。

 市場において最近特に見られる動向は,グリッドに対する過剰な期待がやや沈静化し,以下のようなより現実的な見方が明らかになってきたということである。

1.少なくとも当面の間は,グリッドを生かせるのは並列性が高いハイ・パフォーマンス・コンピューティングである。

2.ビジネスとして重要なのはインターネットを介した広域分散よりも特定企業内での分散処理である。

3.グリッドは独立したテクノロジとしてよりも,Webサービスや自律型コンピューティングの関連テクノロジとして考えるべきである。

 つまり,本連載で過去数回に書いてきたようなことを(エンジニアの方は既にご存じであったと思うが)戦略立案者やマーケティング担当者も認識してきたということであろう。

◆IBM:グリッドへの全面的コミット

 米IBMはグリッドに最も強くコミットしているベンダーである。その理由は明らかである。今まで,IBM社は,自社が擁する多種多様なサーバ・アーキテクチャを統合できる可能性があるテクノロジに対しては,必ず力を入れてきたからだ。Linuxしかり,Javaしかりである。

 また,同社は科学技術計算分野を越えるグリッドの応用に期待している。1月27日には,金融業向けデータ解析などの10種の商用グリッド・ソリューション製品を発表した。単なる基盤の提供ではなく,顧客の具体的ソリューションにフォーカスした製品を発表したことは高く評価できるだろう。

 しかし,前回にも述べたようにビジネスの世界でもグリッドの普及は進みつつあるが,それはあくまでもビジネスの世界におけるハイ・パフォーマンス・コンピューティングという領域であり,トランザクション処理などの典型的なビジネス・コンピューティングにおいてグリッドが直ちに普及するというわけではないという点には注意しておくべきだろう。

 グリッドは同社のe-ビジネス・オンデマンド戦略の一貫である。しかし,マーケティング・メッセージから見る限り,オートノミック・コンピューティング,オンデマンド,グリッドの関連性はやや不明確に思える。顧客の立場で言うと,同じ様なことを何回も少しずつ違った言い方で聞かされているように感じるのではないだろうか。

 IBM社は,グリッドの基盤ソフトの開発コミュニティであるGlobusプロジェクトに多大な投資を行っており,Webサービスとグリッドの融合テクノロジであるOGSA(Open Grid Services Architecture)を策定するにあたって中心的役割を果たした。以前にも述べたように,グリッドとは分散サービス・コンピューティングなのであり,その意味で,Webサービスとの融合はあるべき姿である。しかし,IBM社の多大な投資と要員派遣により,本来中立的存在であるべき「コミュニティ」に特定ベンダー色が強くなりすぎることを懸念する声が業界にあるのは事実だ。

◆Sun:より現実的な戦略

 米Sun Microsystemsも古くからグリッドにコミットしている。アカデミアの世界での普及が進んでいるSun社のローエンド・サーバーやワークステーションを有効活用し,Sun社が伝統的にあまり強いとは言えなかったスーパーコンピューティングの領域に進出できるようになるテクノロジであるからだ。

 また,同社はIBM社より現実的な戦略を採ってきた。冒頭に挙げた3つの現実的視点をIBM社よりも明確にしてきたといえる。同社は,グリッドをクラスタ・グリッド(同一データセンター内),エンタープライズ(キャンパス)グリッド(同一企業内),グローバル・グリッド(複数企業間)の3種類に分類し,まずは,クラスタ・グリッドとエンタープライズ・グリッドにフォーカスする戦略を採っている。

 当然ながら,「これは,グリッドではなくクラスタだ」という批判が出ているが,Sun社は批判を承知で出しているのだろう。「クラスタ・グリッド」という名称を付けること自体が,クラスタとグリッドの区別など大きな問題ではないとみなしていることを意味するからだ。

 Sun社は,自社の製品であるSun Grid Engineに加えて,カナダPlatform Computingの製品も再販している。Globusだけに傾くことなく,オープン・ソースか商用製品かを問わずオープンなグリッド・ソリューションを目指すのがSun社の戦略と言えるだろう。

 また,先日は,Sun社の自律型コンピューティング戦略であるN1とグリッドの関係を明確にする発表が行われ,N1の基盤として,コンピューティング資源とストレージ資源の仮想化を行うテクノロジのひとつがグリッドであるという位置付けが明確になった(関連記事)。

◆HP:さらに現実的な戦略

 グリッドの市場では比較的目立たないが,HPはプラネタリ・コンピューティング(惑星レベル・コンピューティング)という名称で,以前からグリッドにコミットしてきた。

 同社のグリッド戦略は,ビジョンの幅広さという点では限定的かもしれないが,きわめて現実的なものである。つまり,同社の自律型コンピューティング基盤であるUDC(Utility Data Center)を中心におき,UDCが使用できるコンピューティング・リソースのプールとしてグリッドを使用するという戦略である(関連記事)。

 データベース処理などを含む従来型のデータ・センター系の処理はUDC上で集中型で行い,並列化可能なCPUインテンシブな処理はグリッド上で分散処理するという両者の良いとこ取りをした現実的な戦略と言えるだろう。また,1月には,UDCとGlobusグリッドの統合のデモも行っている。

◆Microsoft:Linuxの脅威への対抗?

 米Microsoftは,製品戦略の中で明確にグリッドへコミットしているわけではない。しかし,以前からグリッドの研究コミュニティには積極的に関与しているし,Globusプロジェクトへの投資もしている。先ごろ発表されたDSI(Dynamix System Initiative)は,いわば,Microsoft社の自律型コンピューティング戦略であり,将来的にグリッドとの融合も十分あり得る(関連記事)。

 同社が,グリッドにフォーカスする理由には,Linuxの脅威への対抗があるだろう。グリッドのテクノロジはハードウエアとOSの仮想化を進行させる。つまり,グリッド基盤さえ稼働していれば,OS自体の機能の豊富さの重要性は低くなる。もし,このような環境が実現すれば,明らかにLinuxは有利な位置に立つからである。

 これ以外にも,国内ベンダーも当然ながらグリッド戦略を有しているし,Platform Computing社,米Avaki米United Devicesなどの独立系グリッド専業ベンダーも存在するが,これらのベンダーについては別の機会にまとめたいと思う。

 次回以降は,しばらくの間,重要テクノロジを1回ごとにまとめていく形で進めていこうと思う。次回は,前述のMicrosoft社が最近発表した自律型コンピューティング戦略であるDSIについて分析する予定である。