ガートナーの主要な顧客は情報システム部門のマネージャや経営者であり,アナリストもこれらのターゲット・オーディエンスを念頭においたリサーチ活動を行わなければいけない。最近,グリッド関係のリサーチを行って感じるのは,この分野はまだアカデミアを中心に動いているということだ。グリッドの入門的文献と言われている論文“The Anotomy of the Grid”にしても,そのままではちょっと難しすぎるようだ。

 そこで,今回は,一般企業のマネジメント層にも容易に理解できるように,グリッド・コンピューティングを説明するという難題に挑戦してみよう。以下の内容の多くは,米Hewlett-Packardのインフラストラクチャ・ソリューション部門のディレクタであるNick Van Der Zweep氏へのインタビューに基づいている。あまり広く知られていないかもしれないが,HP社はプラネタリ・コンピューティング(つまり,“惑星レベル”コンピューティング)という名称で,以前よりグリッド・コンピューティングの研究開発活動を行っている。

◆グリッドとは?――その1
 “ウェブが情報に対して提供してきたことを,グリッドはリソースに対して提供する”

 これは,筆者が今までグリッドに関する説明の中で聞いた,最も分かりやすいものだと思う。World Wide Webにより,世界中のあらゆるところにある情報を(セキュリティの要件さえ満たされれば)どこからでもアクセスすることができるようになった。

 同様に,グリッド・コンピューティングにより,リソース,つまり,コンピューティング・パワー,ストレージ容量,アプリケーション・プログラム,データなどが世界中のどこにあっても(セキュリティの要件さえ満たされれば)どこからでもアクセスできる世界が実現されるのである。

◆グリッドとは?――その2
 “今日のグリッドは,1980年代当時のインターネットのようなものである”

 1980年代当時のインターネット(正確には,その前身であるARPANETといった方がよいかもしれない)は,ほぼ研究開発コミュニティでのみ利用されていた。この時点では,Webはまだ存在しておらず,メール,ファイル転送,リモート・ログインなどの基本的なアプリケーションが利用可能なだけであった。

 それでも,研究者たちはインターネットから大きな恩恵を受けていたが,このテクノロジが一般的なビジネスや消費者市場でこれほどの影響力を持つようになるとは考えていなかっただろう。身内の恥をさらすようだが,ガートナーを含むほぼすべてのIT系シンクタンクも,ごく最近までインターネットの将来的インパクトを過小評価していたのである。

 同様に,今日のグリッド・テクノロジは主に研究開発コミュニティで活用され,価値が提供されているが,その範囲を越えて今では予想もできないインパクトを一般的なビジネスや消費者市場に提供していくことも十分考えられる。しかし,それは一朝一夕で実現されるものではなく,前回述べたように5~10年レンジの動向となっていくであろう。

 1980年代のARPANETがそうであったように,今のグリッド・テクノロジには機能的に不足している点が多い。何よりも,Webに相当する誰でも容易に恩恵を享受できるようなテクノロジが,グリッドに対しても出現することがグリッドの応用範囲を飛躍的に広げる契機となるだろう(今日提供されているグリッド製品やツールキットは,まだ「誰でも容易に」というレベルには到底達していない)。

◆グリッドとは?――その3
 “グリッドにより仮想組織(バーチャル・オーガニゼーション)の動的な構築が可能となる”

 バーチャル・オーガニゼーション(VO)は,グリッド研究の第一人者であるIan Foster氏(前述の論文“The Anotomy of the Grid”の共著者の1人)が提唱する概念である。グリッド・テクノロジが,自由な資源のアクセスとアクセス制御を実現することで,利用者の視点では,あたかも仮想的な企業の中でコンピュータを使用している(かつ,外部からの不正なアクセスから守られる)かのようなイメージを実現できるということである。

 もともとのグリッドの定義では,その価値は,よく世間で言われる処理能力の増大というメリットよりも,資源共用のメリットに重きが置かれていることが分かる。

 そして,もう1つの重要なキーワードが「動的」ということである。誰かが外部から構成を決めるだけではなく,必要に応じてリアルタイムで自己のシステム構成を最適化していく能力がグリッドに求められるのである。

 今までにも,分散された資源を自由に活用できるという名目の元に,様々な分散コンピューティング・テクノロジが提唱されてきた。たとえば,DCE[用語解説] やCORBA[用語解説] などである。しかし,これらのテクノロジが提供したのは,特定企業間の固定的なインターオペラビリティ(相互運用)に過ぎなかった。グリッドは,これらのテクノロジの一歩先にあるものであり,真の意味での分散システムの構築を可能にしてくれる潜在能力を有しているといって良いだろう。