Linuxの将来の成功を決める主役は,特定の個人や企業ではなく,Linuxコミュニティそのものである。しかし,エンタープライズの世界でLinuxが成功していくためには,大手ベンダーの強力なコミットメントが必須だろう。ガートナーのサーベイもこれを裏付けている。調査対象とした日本国内企業の約半数が,Linux採用の不安要因として「ベンダーのサポート」を挙げている。

◆なぜ,IBMはLinuxにこれほど入れ込んでいるのか?

 大手ベンダーの中でも,最もLinuxに力を入れているのは,いうまでもなく米IBMである。Linuxは,IBMにとってAutonomic Computingやグリッド・コンピューティングと並ぶ最重要戦略投資案件の1つであり,数十億ドル単位の投資が行われている。

 なぜ,かつては独自プラットフォーム最優先のビジネスを展開していたIBMが,ここまでLinuxに力を入れているのだろうか? IBMの今後の成長分野はソフトウエア(ミドルウエア)とサービスであり,Linuxはこれらのビジネスの原動力となり得るからだ。仮に,Linuxの採用により独自プラットフォームのビジネスがマイナスの影響を受けても,ソフトウエアやサービスの収益増で十分取り返せるというわけである。

 独自プラットフォーム・ビジネスへの依存度が高い米Microsoftや米Sun Microsystemsと比較すると,IBMはLinuxにコミットしやすいのは当然といえるだろう。もちろん,IBMが独自プラットフォーム・ビジネスを止めることはないが,Linuxへのフォーカスは強まっていくことになろう。

 IBMがLinuxにフォーカスしているのはもう1つの理由があると思う。IBMは,伝統的に,互換性がない多様なプラットフォームを販売してきた。メインフレーム(zSeries),AS/400(iSeries),RS/6000(pSeries),そして,Wintelサーバ(xSeries)などである。基本的にシングル・プラットフォームの米DellやSun社(最近は,“Lintel”を採用したが),自社プラットフォームのプロセサをIntelアーキテクチャに集約しようとしているHPと比較すると,このような複雑性は開発投資を分散させ,顧客の混乱を招く点で不利である。

 この悩みの種を解消すべく,IBMはプラットフォームの統一を行うためのイニシアチブを過去何度も推進しては,失敗してきた。SAA(Systems Application Architecture)や(デスクトップの世界の話だが)Workplace OSなどである。IBMは,全サーバ製品ライン上でLinuxをサポートしていくことを公言している。多様なプラットフォーム統合という積年の夢をLinuxに託しているのではないだろうか?

 しかし,このシナリオには大きな穴がある。仮に,AS/400上でLinuxが効率的に稼働したとしよう。しかし,それは,もはやAS/400とは呼べないだろう。Powerプロセサ上でLinuxを稼働するサーバーに過ぎないのである。シングル・アドレス空間による高い開発生産性などのAS/400ならではの特徴は,AS/400のハードと言うよりもOS/400というOSにより実現されるものだからだ。

 IA(Intel Architecture)サーバー上のLinux市場でIBMが重要なプレーヤーになるのは確実だが,それ以外のハードウエア・プラットフォームでのLinuxの普及はIBMの期待を裏切るものになるだろう。

◆良い意味で期待を裏切ったメインフレームLinux

 ただし,1つの例外がメインフレーム上のLinuxである。IBMがメインフレーム上でLinuxをサポートするという発表をしたとき,アナリスト・コミュニティでは,「何のために?」「誰が買うのか?」といった意見が大勢を占めていた。しかし,その第一印象とは裏腹に,かなり多くのIBMメインフレーム・ユーザーがLinuxを本番稼働させている。ガートナーは,2005年までにIBMメインフレーム・ユーザーの20%近くがLinuxを本番業務向けに稼働することになると見ている。

 メインフレーム上のLinuxの典型的な利用目的の1つは,既に企業内に数多く存在しているIAサーバー上のLinuxの集約(サーバー統合)である。IBMメインフレーム上では,LPAR(論理区画)というマイクロコード・レベルのパーティションやVM(バーチャル・マシン)というソフトウエア・パーティションが古くから使用されてきており,これらの機能を活用することで,1台のメインフレーム上で数千ものLinuxイメージを稼働することができるのである。常にというわけではないが,管理コストの削減により大幅にTCOを削減できるケースもあるだろう。これは,メインフレーム上のLinuxの大きな付加価値である。

 もうひとつの重要な用途はメインフレーム上の既存アプリケーションのローコストなWeb化である。ただし,これは,テクノロジ上のメリットというよりも,Linux稼働用のプロセサ・アップグレードをきわめて安価に提供しているIBMの価格政策によるところが大きい。

 では,IBMが期待するように,メインフレーム上のLinuxが主流のソリューションとなるのかというと,これは難しい。最大の要因は,前々回述べた上位ソフトウエアの品揃え上の課題である。Linux系のソフトウエア・ベンダーのポート先はIAプラットフォームに集中しているからである。

◆今後の展望

 IBMがLinux市場を独占してしまう可能性,たとえば,RedHatを買収してしまうという懸念はないのだろうか? その心配はないだろう。Linuxの最大の価値は,特定のベンダーに縛られないオープン性にある。その価値をわざわざないがしろにするような戦略を取ることはないはずだ。IBMは,Linuxコミュニティと一定の距離を置きつつ,エンタープライズLinuxに対する積極的投資を続けて行くことになるだろう。