WindowsとLinuxのTCO(総合保有コスト:Total Cost of Ownership)の比較に関する議論が白熱しているようだ(掲載記事1掲載記事2)。このような議論に意味はあるのだろうか?

TCOとは?

 ご存知の方も多いと思うが,TCOとは,ガートナーが1990年代初頭から提唱している概念である。システムのコストをハードやソフトなどの「もののコスト」だけではなく,サポートのための「人のコスト」(特に,情報システム部スタッフ以外の要員のサポートによる非公式な隠れたコスト)も含めて考えよう,というものだ。

 掲載記事1で紹介されたデスクトップPCのTCOの調査結果では,総合コストの約70%が「人のコスト」であることが判明し,業界にショックを与えた。PCの維持管理作業が(特に,Windows 3.1全盛の1990年当初では)大変であることは誰もが知っていたが,金額換算してみて,改めてその問題の深刻さを認識した人も多かっただろう。

 ところで,ストレージ,ネットワークなど,どのIT要素のTCOを試算して見ても,「人のコスト」が「もののコスト」の倍以上になるという傾向は変わらない。管理コストを下げなければ,情報システムのコストは下がらないのである。

 一方,製品の優秀性の比較にTCOを使用することについては,全く意味がないとはいわないが,十分な注意が必要であると考える。そもそも,「LinuxのTCO」「WindowsのTCO」というものが存在するわけではない。システム構成,アプリケーション,サポート要員,サービス・レベル要件などの前提条件を明確にして,初めてTCO比較は意味を持つ。例えば,大企業が可用性の要件がきわめて高い複雑なOLTPアプリケーションを稼働する場合であれば,メインフレームが最もTCO的に有利なことが十分あり得るだろう。

 ガートナーが最初にTCOを世の中に発表したデスクトップPCでは,環境の同一性が比較的高い(つまり,Wintelプラットフォームで,オフィス製品,メールを稼働しているユーザーがほとんどである)ため,「典型的」デスクトップPCのTCOという議論が成立した。

 しかし,サーバーの環境は規模,特性ともに多様であり,「典型的」サーバーのTCOを試算する意味はほとんどない。つまり,TCOとはいっても,ある前提条件をおいた上でのスナップショット的な値にしか過ぎないということである。

LinuxとWindowsのTCOを一般的に語ることに意味があるのか?

 掲載記事1の元になっているレポートは,ネットワーク・インフラ,印刷,ファイル共有,Web,セキュリティという5つの用途別にTCO比較が行われているようだ。そして,LinuxがTCO的に有利なのはWeb環境のみという結果が出ているようだ。

 Web環境でLinuxがTCO的に有利であるというは十分うなずける。同じ構成のWebサーバーを多数使う環境,いわゆるWebサーバー・ファームでは,定番的なオープン・ソース・ソフトがそろっており,ノウハウも蓄積しているLinuxは有利である。

 ちなみに,ガートナーはLinuxの重要な特性として複製可能性(replicability)を挙げている。Webサーバー・ファームに限らず,1つの安定した構成を作っておき,それを多数複製することで効果を挙げられるようなアプリケーション用途,例えばVoD(ビデオ・オン・デマンド)やPOS端末などでは,Linuxはライセンス・コストの面でも運用管理の容易性の面でも大いに優位性を発揮できる。

 その他の4用途では,レポート内の前提条件に従えば,Windowsの方がTCOが低いという結果が出ているのであろうが,前提条件が変われば,Linuxの方がTCO的に有利なケースも多々あるだろう。結局,重要なのは「人のコスト」であり,社内およびお付き合いしているベンダー内に,どの程度のLinuxスキルがあるかによって,TCOは大きく変わってしまうからである。

エンタープライズでは,アプリケーション・レベルの比重が高い

 一方,エンタープライズ・アプリケーション用途ではどうだろうか?これは,上記の5つの用途以上に環境のばらつきが大きい。一般的にいえば,OSの違いがTCOを左右することはさほど多くないだろう。

 エンタープライズ・アプリケーション環境では,TCOの構成要素のほとんどがコンサルティングやカスタマイズなどの業務アプリケーション・レベルのサポート・コストであり,さらに,ソフトウエア・コストの中でもDBMSやアプリケーション・パッケージなどの上位ソフトの占める割合が大きい。そして,Linuxの得意技である複製可能性もあまり生かせないという環境だからである。

 「~だろう」という論調が続いて明確な答が出せていないようだが,そもそも,OSのTCO比較というのは,そのような性格の議論なのである。

 いずれにせよ,やはりLinuxの最大のメリットはインターネット・インフラ,特に,Webサービングにあり,という状況は当面変わらない,といってよいのではないだろうか?

 次回は,Linuxがエンタープライズの世界で成功していくための最大の課題と考えられる,ある要素について述べていこう。