前回,オープン・ソース・ソフトウエア(OSS)の基本的思想がビジネスの世界とは相容れないのではという第一印象を筆者が持ったと書いた。しかし,よくよく考えてみれば,OSSは,それほどアナーキーなものではないし,ITの世界の大きな潮流から必然的に生まれてきたものであると言える。

 20年以上の昔,ITの世界はハードウエアを中心として回っていた。ベンダーはハードを売ることで収益を上げ,ソフトやサービスはハード販売ビジネスを推進するための手段であることが多かった。

 しかし,付加価値の中心は次第にソフトに移り始めた。もちろん,ハードは製造コストがかかるので無料というわけにはいかないし,ハード・ビジネスで利益を上げ続ける企業も存在するが,自社のソフトをうまく業界標準にして,顧客を囲い込むことができた企業が最大限の成功を収めるようになった(その代表が米Microsoftであることは言うまでもない)。

 そして,今,付加価値の中心はサービスへと移行している。このような流れの中で見れば,アプリケーション開発,システム統合,サポート,教育,運用支援などのサービスを価値提案の中心として,ソフトをほぼ無償で提供することは決してむちゃくちゃな話ではない。

◆オープン・ソースは反資本主義なのか?

 最近,Microsoft社が明らかにしたWindowsビジネスの85%という驚異的な利益率からも分かるように,大量販売可能なソフトウエア・ビジネスでいったん成功すれば,その後は,きわめて効率的なビジネスを行うことができる。ソフトウエアは一度開発してしまえば,後はコピーして配布するだけという変動費が非常に低いコスト構造になっているので,これは当たり前だ。

 しかし,自由競争の世界では,濡れ手に粟のビジネスは長続きしない(1990年以前のIBMメインフレーム・ビジネスも驚異的な利益率を誇っていたが,今では,他システムとの競合により,そのような高い利益率は維持できなくなっている)。

 つい先日の話題だが,Microsoft社は電子政府に関連して「GPL(前回参照)はソフトウエア産業育成を制限する」との主張を行った。ライセンス販売で収益を得るという従来型ソフトウエア産業のモデルだけで考えていれば,この主張は正当かもしれない。しかし,今やソフトウエア産業自体の地殻変動が起きているのである(マイクロソフトとLinuxについて書き出すと長くなるので,また回を改めて書くこととしよう)。

 米Red HatのIPO(Initial Public Offering:株式公開)直前に,当時のCEOであるBob Young氏にインタビューしたことがある。その時,「オープン・ソース・ソフトウエアは反資本主義的ではないか?」とぶしつけな質問をしたのだが,彼の答えは「我々はソフトウエア・ライセンス販売ビジネスを行っているのではなく,サービス・ビジネスを行っているのである。RedHat Linuxの開発と販売は,サービス・ビジネスのためのブランド構築ビジネスである」といったものであった。

 要は,OSSビジネスは,従来型ソフトウエア・ビジネスよりもサービス・ビジネスに近いということである。この事実は,実際にOSSビジネスに従事する者なら当然認識していることだろう。しかし,Linux登場当時のバブル期にはそうではなかった。これは,ある意味,Linuxコミュニティにとって不幸なことであっただろう。

◆常に発生するハイプ(過剰宣伝)現象

 ITに限らず何か新しいものが世の中に登場すると,過剰な期待が高まり,バブル現象が発生することがある。バブルの後には,必ず反動が訪れる。そして,最終的には,世の中の人が冷静さを取り戻し,そのテクノロジーの真の実力を把握することができた時点で,そのテクノロジは定着したということができる(もちろん,バブル期,反動期と来てそのまま消えてしまうテクノロジも数多く存在するが)。

 ガートナーのプレゼンテーションを聞かれたことがある方なら,ガートナーがこのような現象をモデル化するのに使用する「ハイプ曲線」という図をご存知だろう(図1)。検討対象のテクノロジがハイプ曲線のどこに位置するかを考えてみると,過大評価や過小評価のリスクを最小化することができる。ガートナーは,現在のLinuxは,バブルの後の反動期が終了し,安定期へと向かう段階にあると見ている。

図1 Linuxのハイプ曲線

 Linuxのバブルは,主に証券市場において発生した。端的な例は,Linux専用のハードウエアを開発していた米VA Linuxである。同社は1999年のIPO時に米NASDAQ市場の最高記録の250ドルと言う株価を付けたが,現在は,Linuxビジネスから実質的に撤退し(社名もVA Softwareに変更),株価も1ドル前後(なんと,最盛期の0.4%!)となっている。

 それ以外にも,多くのLinux専業ベンダーが株価のバブルに踊らされる結果となってしまった。これは,株式市場が,OSSビジネスが従来型ソフトウエア・ビジネスと根本的に異なるということを認識できていなかったからだ。仮に,Linuxが全世界的に普及して,Windowsを凌駕したとしても,レッドハット社が85%という利益率を達成することはない。これは,当たり前のことだ(当たり前のことを当たり前と認識できないことこそがバブルなのだが)。

 「Linuxハイプは終焉したのか?」という問いに対する答えは,株式市場やその他の部外者によるハイプは終わったということだ。これからは,Linuxがエンタープライズの世界で真の実力を試される段階だ。ここでの主役は,ウォール・ストリートではなく,米IBM,米Sun Microsystems,米Oracleなどの大手ベンダー,Red Had社などの少数のディストリビュータ,スキルを持ったSI事業者,そして多くのデベロッパ・コミュニティである。

 また,前置き的な話が続いてしまったが,次回はLinuxの普及状況に関するガートナーのデータをご紹介する予定である。