これから数回にわたって,エンタープライズ・コンピューティング,つまり一般企業の全社的コンピューティングにおけるLinuxの将来について書いてみたい。改めていうまでもなく,Linuxはアカデミアの世界やISP(インターネット接続事業者)の世界では既に主流の位置を占めたといってよいだろう。しかし,エンタープライズ・コンピューティングの世界では,事例はないことはないのだが,まだ,広く普及したとまではいえないだろう。

 Linuxの現状を見てみるとプラス材料もマイナス材料もある。IBMをはじめとする大手システム・ベンダーがLinuxへのコミットメントを強めている中で,ディストリビュータなどのLinux専業ベンダーのビジネスは順風満帆とは言えない。

 ガートナーは,IT系の調査会社の中でも,Linuxの将来についてかなり強気の見通しを立てており,Linuxを搭載したサーバー・ハードウエアの全世界での出荷金額は,2007年には100億ドル以上になると予測している。これは,Solaris,AIX,HP-UXなどの主流Unixサーバーのそれぞれを上回る金額であり,Linuxがエンタープライズ・コンピューティングの世界でも主流になっていくことを前提とした予測である。

◆フリー・ソフトを熱烈に説くRichard Stallman氏

 しかし,実を言えば,1998年ごろにIT市場においてLinuxが騒がれ始めた時,筆者はその将来にはかなり懐疑的であった。その理由は今から12年前の経験にさかのぼる。

 私事になるが,当時,筆者は米国MITのコンピュータ・サイエンス研究所(LCS)で修士学生としてコンピュータ・アーキテクチャの研究を行なっていた。その当時の先端の研究テーマであったcc:NUMA(cache coherent Non-Uniform Memory Access),RAID,ハイパースレッディングなど多くのテクノロジが今ではITの世界で主流となっている。このような大学での先端の研究成果がビジネスの世界で活用されるまでのスピードを見れば,米国の産学協同のダイナミズムには感嘆せざるをえない。

 しかし,当時,LCSで見聞きしたものの中で,これだけはビジネスの世界で普及することは絶対にないだろうと筆者が思っていたテクノロジー(というよりも,フィロソフィ)があった。それが,フリー・ソフトウエア,今の言葉でいえばオープン・ソース・ソフトウエアである。

 実は,筆者と同時期にあのRichard Stallman氏が同じビルの同じフロアのオフィスを使っていたのである(筆者が帰宅するころ(夜10時ごろ)に出勤してきて,朝帰宅することが多いようで,ほとんど,その姿を見ることはなかったが)。あえていうまでもないだろうが,同氏は,Unix互換のフリー・ソフトウエアであるGNUの開発を主な目的として設立された団体FSF(Free Souftware Foundation)の創始者であり,現在のオープン・ソース・ムーブメントにおいてもカリスマ的存在である。

 LCSでは,ほぼ毎週,研究室の枠を越えたオープン・セミナーが開催されていたのだが,Stallman氏の講演はかなり強烈なものであった。


Stallman氏:あなたが子供の時,幼稚園にキャンディを持っていったら,先生は独り占めしないでみんなで分けなさいと教えてくれたでしょう。それなら,なぜ,ソース・コードも独り占めしないでみんなで共用しないのでしょうか?

Stallman氏:ソフトウエアは開発すること自体が楽しみなのですから,それでお金を稼ぐ必要はないでしょう。
某教授:しかし,それでは,ソフトウエア開発者は生活できないではないですか?
Stallman氏:あなたは,MITの教授として給料をもらっているのですから,それで生活すればよいではないですか。
某教授:私はよいかもしれないが,教授ではない人はどうすればよいのですか?
Stallman氏:(教授に)なればいいじゃないですか。

 といった具合である,なぜ,12年前の話をこんなに細かいところまで覚えているかと言うと,それほどまでに,フリー・ソフトウエアという考え方が当時の筆者にはショッキングだったからだ。

 また,Stallman氏は,ユーザー・インタフェースを著作権で保護することに強く反対しており,MITのキャンパスの近くにある某ソフトウェア会社の本社にデモ行進し,マニュアルを焼き捨てるという示威行為を行なったこともある。

◆フリー・ソフトはビジネスで成功するはずがないと思ったが...

 Stallman氏の考え方は,GNUツールのライセンス体系であるGPL(GNU Public License)として表れている。GPL基本的発想を一言で言えば「ソフトウエアをフリー(つまり,ソース・コードを公開し,改変を許す)に“してもよい”」ではなく,「ソフトウエアはフリーで“なければならない”」というかなりラジカルなものであり,「知的所有権により保護されているソフトウエアのライセンスを販売することにより収益を得る」という伝統的ソフトウエア・ビジネスを根底から覆すものである。

 Linuxのライセンス方式はGPLに基づいている。Linuxがアカデミアの世界では普及しても,ビジネスの世界で成功するはずはないと筆者が(ガートナーの公式見解が確定する前に)非公式に予測していたのはこれが理由なのだ。この最初の直観は見事にはずれてしまったことになる。

 とは言え,Linuxの将来を考える場合には,GPLやオープン・ソース・ムーブメントという根本的パラダイム・シフトを無視することはできない。Linuxディストリビュータ企業が第2のMicrosoftになるであろうという過剰な期待のもとに現在の数十倍の価格で株を買ってしまった株式投資家たちの誤りを繰り返すべきではないだろう。

 ちょっと前置きが長すぎたかもしれない。次回以降は,エンタープライズ・コンピューティングの世界における,Linuxの可能性と課題について考えてみることにしよう。