前回までの3回で,ガートナーが考える次世代システム・インフラ管理テクノロジであるPBCS(Policy-Based Computing Service)について解説してきた。これまで少し情報を詰め込みすぎたかもしれないので,ここでもう一度整理しておこう。
- PBCSとは,大規模化するシステムの複雑性を減少し,管理を飛躍的に容易にするためのテクノロジである。
- PBCSの基本は,ハードウエア資源(サーバー,ストレージ,ネットワークなど)を仮想化し,その上で,プロビジョニング(資源のプーリングによる迅速なサービスの提供),自己チューニングによる資源利用の最適化,自己修復機能による高可用性を実現することにある。
- PBCSの実現により,コストの削減(管理人件費の削減と資源利用の効率化によるハードウエア・コストの削減),俊敏性の向上,サービス・レベルの向上などのメリットが得られる。
- PBCSは今後,長期的かつ段階的に実現されていく。
ここしばらくの間は,多くのベンダーから(必ずしもPBCSという言葉は使われないかもしれないが)PBCSの実現に向けた製品や戦略の発表が続くだろう。ある程度具体的な製品が出揃った段階で,再度,PBCSについて触れる予定だ。
◆情報システム部門の心構え
今回は,今までのまとめとして,PBCSに向けて企業の情報システム部門が“今”何をなすべきかについて考えてみたい。前述のように,PBCSの理想の実現には10年近くの期間を要するだろう。しかし,だからと言って,情報システム部門は,ただベンダーのソリューション提供を待っていれば良いというわけではない。現時点からPBCSに向けた準備をしておくことで,競合上の優位性を得られるポイントは多い。
1.サービス・レベル管理(SLM)にフォーカスする
システムが自律的に資源をチューニングしてくれるということは,人間側が業務アプリケーションとして求められるサービス・レベル(例えば,応答時間や可用性の目標)を設定できなければならないことを意味する。システムは,人と人の間におけるような,あいまいな要求を理解することはできないからだ。情報システム部門と利用部門は,今まで以上に明確なサービス・レベルの合意を行う必要がある。また,約束されたサービス・レベルが本当に提供されているのかを測定するためのモニター機能の実装も重要だろう。
2.課金に対する考え方を明確化する
もし適切な課金システムがなければ,利用部門は情報システム部門とのサービス・レベルの調停において,常に最高のサービス・レベルを要求することになり,情報システムのコストはいくらあっても足りなくなる。メインフレーム時代のように,CPUタイム1秒や印刷用紙1枚ごとに課金するような細かすぎる方式は,かえって非効率的だが,何らかの形で受益者負担型の課金システムは必須となるだろう。
3.IT基盤サービスの標準化を目指す
プロビジョニング(サービスの事前準備)を行うためには標準化が重要である。利用部門の細かい要求にすべてこたえていては,プロビジョニングの実現が困難なのは自明だろう。ストレージを例に取れば,OLTP向け高機能ストレージ,重要データ向けファイル・サーバー(日次バックアップ),一般データ向けファイル・サーバー(週次バックアップ)といったように,ある程度,標準的なメニューを提供し,サービス・レベルに応じた従量制の課金を行うことになるだろう。
4.システム管理ツールによる自動化を目指す
これはあえて説明するまでもないだろう。PBCSは高度な自動化機能を提供してくれるわけだが,そのテクノロジは現在のシステム管理ツール製品の延長線上にある。これらのツールに関するノウハウを蓄積しておくことは重要である。
5.サーバーおよびストレージの再集中化を行う
PBCSにより,システムの管理が容易になるからと言って,システム構成の最適化をおざなりにして良い,というわけではない。今日の多くのシステムが必要以上に分散された構成となっており,管理の複雑化を招いている。いわゆる,サーバー統合(ガートナーでは,サーバー集約と呼んでいる),そして,SAN[用語解説] などのテクノロジを活用したストレージ基盤の集約化もPBCSに向けた重要なステップである。
上記のポイントは,PBCSが議論される前からも重要と考えられてきた案件である。PBCSテクノロジの普及は,これらの動きをさらに加速化していくことになるだろう。この方向性は,端的に言えば,情報システム部門がサービス・プロバイダ化することを意味する。企業の一部門であるか,別会社になっているかは別として,情報システム部門には,良い意味でのビジネス・ライクなITサービスの提供がますます必要となってくるだろう。
◆ご質問への回答
第2回の記事に対して,読者からのコメントをいただいていたので,ここで簡単に回答したい。
Q.PBCSを実行するための最大の課題は同期機能ではないでしょうか。
A.確かに分散環境におけるデータベース同期は難しい課題です(データベースの専門家の方であればご存知とは思いますが)。今後も,データの一貫性の要件が厳しい環境においては,ある程度の集中構成が必要となってくるでしょう。ただし,PBCSはインフラ管理テクノロジなので,データベースは独立したテクノロジです。もし,PBCSの管理機能を実現するための構成管理データベースという意味で,ご質問されているのであれば,これは,要するにディレクトリ・サービスですから,現時点でもテクニカル・ソリューションはある程度見えてきていると思います。
Q.エンタープライズのみならずEmbedded可能でなくては今後のネットワーク・システム本来の構築は不十分と思います。
A.アクセス・デバイス系の管理は重要な課題であり,何らかのブレーク・スルーが必要と思いますが,PBCSはあくまでもサーバー系の管理を対象範囲としています。もちろん,将来的に範囲が拡大することは十分考えられますが。
Q.その際,現実問題としてはアドミニストレーションの負荷=非常に高額なメンテナンス費用の発生がユーザー負担として重くのしかかっていると思いますが,ご意見を伺えれば幸いです。
A.このようなユーザー負担を可能な限り削減することが,まさにPBCSの目標です。
次回からは,エンタープライズ・コンピューティングの世界におけるLinuxに対するガートナーの分析について,数回に分けてご紹介していきたい。