前回まではPBCS(Policy-Based Computing Service)の機能的な話をしてきたが,それらの話は机上の空論ではない。既に多くのベンダーがPBCS実現に向けた戦略を実行し始めている。今回は,主要ベンダーのPBCS戦略について分析してみよう。

◆PBCSの“遺伝子”を持つIBM

 現時点でも米IBMによるメインフレームの世界はPBCSに似ている。資源の仮想化,ビジネスの優先順位に基づいた資源管理,自己修復型のハード/ソフトによる高信頼性など,PBCSに求められる要件が,IBMメインフレームの中だけで閉じた世界であるとはいえ,ほぼ実現されている。

 IBM社はこれらの機能の実現のために,今まで多くの研究開発投資を投入してきた。つまり,IBM社にはPBCSの考え方が身に染み付いている,PBCSの“遺伝子”を持つ企業といってよいだろう。同社の今後の課題は,メインフレームの世界で実現されたPBCSの先駆的機能を,より大規模かつ異機種混合型の環境へと拡張していくことである。

 IBM社の最初のPBCSイニシアチブが「eLiza」である。発表当初の2001年初頭には,eLizaは単に自己修復機能を持ったハードウエアを開発するという狭いフォーカスのイニシアチブであると考えられていたが,実は,Autonomic Computing(自律型コンピューティング)という,より広範なビジョンの実現に向けた重要な一部であることが明らかになった。IBMのAutonomic Computingのビジョンは,ガートナーが考えるPBCSの理想とよく一致しており,漏れのなさという点では他社の先を行っている。

 IBM社は,既にAutonomic Computingに,Linuxおよびグリッド・コンピューティングと同規模の投資を行なっている。さらに,つい先日の10月30日,IBM社のSam Palmisano社長兼CEOは「On-Demand Computingに100億ドルを投資する」と発表した(関連記事)。On-Demand Computingは「パワフルで自己修復機能を備えたコンピュータからなる巨大なネットワーク」(同社長兼CEO)であり,Autonomic Computingにより可能になる新たな分散型コンピューティング形態と見てよいだろう。つまり,PBCS(≒Autonomic Computing)はIBMの最大のテクノロジー投資案件の一つにおける重要な構成要素となったのである。

◆N1を推進するサン

 長きにわたり“Network is the Computer”を旗頭として掲げてきた米Sun Microsystemsにとって,PBCSへ向かうことは必然的であった。同社は,今年の2月に「N1」と呼ばれるイニシアチブを公開した。アプリケーション開発者に対するサービス・インタフェースが「Sun One」とするならば,システム管理者に対するサービス・インターフェースがN1という位置付けである。

 Sun社から公開されるN1はビジョンとしては素晴らしいが,今のところ具体的な内容は限定的である。具体的な動きの一つとしては,ストレージ仮想化テクノロジのベンダーであるPirus Networks社の買収がある。前回述べたように,資源の仮想化はPBCS実現の第一歩であり,かつ,仮想化はストレージとネットワークの領域から始まっていくので,これは正しい戦略だろう。ハードウエア・ベンダーから総合システム・ベンダーへの自己変革を目指すSunは,今後,強力にN1戦略を推進していくだろう。

◆最初のPBCS製品を出荷したHP

 元々,米Hewlett-Packard(HP)はユーティリティ・コンピューティングの戦略に力を入れてきている。Webサービスへの注目の中ですっかり影が薄くなってしまったが,同社のe-サービス戦略はビジョンとしては先進的であった。また,管理ソフトウエアである「HP OpenView」のテクノロジとブランド・イメージはPBCS市場におけるHP社の大きな優位性である。

 HP社は,PBCSの方向性を現在のテクノロジで具現化した最初の製品である「Utility Data Center(UDC)」の出荷を開始している(日本でも,まもなく利用可能になると予測される)。UDCはコンセプトではなく,現実のオーダー可能な製品であり,米国の某大手企業において実装プロジェクトが進行中である。

 UDCは,大規模なISPをターゲットとした製品で,フロントエンドのラックマウント型サーバー群,外部ストレージ群,スイッチ・ファブリック,および,統合管理機能で構成する。ストレージとサーバーとのケーブリングを一度行なっておけば,後は,資源の割り当てや構成変更を統合コンソールからのソフトウエア制御だけで行なうことができる。ストレージの仮想化とネットワークの仮想化は実現されているが,サーバーの仮想化は実現されておらず,今のところ,物理的なサーバー単位でしか資源管理できない。

 UDCは,PBCSのビジョンのごく一部を実現しただけだが,それでも,他社に先駆けて製品を出荷した点は高く評価できる。旧米Compaq ComputerのPBCSビジョンである“Adaptive Infrastrcuture”との融合も果たせれば,HP社はさらに有利な位置に立てるだろう。

◆その他のベンダー

 国内ベンダーはどうだろうか? NECは10月22日に自律コンピューティングを実現するための「VALUMO」を発表した(関連記事)。2004年度中を目途に必要な機能を製品に組み込むという。他のベンダーからは断片的な話は聞こえてくるのだが,全社的イニシアチブとしてまとまる段階までには行っていないようだ。いずれ,国内ベンダーのPBCS戦略についても,この場でまとめて分析できればと思う。

 Linuxはどうだろうか? PBCSのそのものの機能はオープン・ソース・コミュニティで開発するには大規模すぎるだろう。しかし,ベンダーが独自のPBCS環境を構築できた暁には,下位の階層で稼働するOSは,必要にして十分な機能を持ち,安定して稼働するテクノロジであれば,ある意味,何でもよくなってしまう。そうなれば,Linuxの採用は有利だ。この意味で,PBCSはLinuxの世界に間接的な好影響を与えていくことになるだろう。

 最後に,米Microsoftはどうだろうか? PBCSで実現される大規模システムやシステム管理者向け機能は,Microsoft社の得意とする分野ではないように思える。しかし,ガートナーは,2003年前半にはMicrosoft社が何らかのPBCS戦略を打ち出すことになると予測している。前述のように,PBCSは,OSの選択そのものを形骸化する効果を持ち,それに伴いLinuxの優位性を高めていく。競合の脅威に対応するスピードにおいては圧倒的な強みを発揮してきたMicrosoft社が,Linuxに有利に働くトレンドを傍観していることはないだろう。

 次回は,PBCSという大きな流れの中で,企業の情報システム部門が今,取るべきアクションについて述べてみたい。