国民総背番号制度と聞くと否定的な反応をする方が多いかもしれない。ただし、税金や年金という社会システムを公平に運用するために必要な仕組みと見ることもできる。まずはこの仕組みの利点と欠点を整理し、それから導入の可否を議論してはどうだろうか。

 実施に向けた議論が一向に進まない国民総背番号制度について、冷静に考えてみたい。背番号制度の導入については、「プライバシーを侵害する監視社会を作り出すものだ」として反対する声が大きい。

 しかし、どんな制度や仕組みであろうとも完璧なものなど存在しない。まずは利点と欠点をそれぞれ列挙し、トレードオフを考えるべきであろう。背番号制度の利点ばかりを強調する人も、欠点だけを指摘して反対する人も、トレードオフの概念が欠落しているところは一緒である。

 国民総背番号制度とは、国民一人ひとりに固有の番号を振り、この番号を使って様々な業務を効率的に処理しようというものだ。公的業務なら、税金をより正確に徴収したり、地方自治体の業務を効率化したりできる可能性が大きくなる。民間企業も背番号を利用できれば、様々な新サービスの開発を進められる。

 経済同友会は1996年6月に発表した「志ある人々の集う国」という提言の冒頭で「個人を単位とした健全な社会システムを構築する」ために、「住民ID制度(いわゆる住民総背番号制)」の導入が必要、と述べた。当時は、住民基本台帳法の改正案が審議中であったので、同友会は住民票コードの活用を提案していた。すなわち、現在の住基ネットの番号を利用する案であった。

個人の信用状況などを公的に証明できる

 背番号と健全な社会システムと、どのような関係があるのか。同友会の提言では次のような主張がされている。人の流動化が進み、社会の基本単位として個人の重みが増す。そこで不正を排除するには、個人に対する公的な証明手段の確立と、税金・年金・各種免許に関する個人情報の的確な把握が重要になる、というものである。こうしたことの実現手段が背番号制度という位置付けだ。

 確かに、背番号を使って複数のコンピューターシステムを検索していくと、特定個人を巡るお金の流れなど、個人情報を正確に把握できるようになる。そして、その情報を基に、個人の信用保証が可能になる。つまり、「この人はきちんと納税し、年金も払っている」という証明を出せる。

 既に米国では、個人の銀行、クレジットカード、ローンの取引状況をまとめておき、信用情報として提供するサービスがある。これらは、社会保険番号(ソーシャル・セキュリティー・ナンバー)という事実上の背番号を使って、取引情報を集約している。こうした仕組みがあれば、新しい金融商品を販売している企業などは、相手の信用情報を確認したうえで売り込むことができる。

 しかし「個人情報が漏れ、プライバシーの侵害になる」「政府が個人を監視できるようになる」といった懸念が出てくる。このため、先の提言の中で同友会は、背番号制の導入に当たって「個人のプライバシーが侵されないような配慮が必要であることは当然」と付記している。

 しかし背番号に反対する向きは、「いったん背番号を導入してしまったらプライバシーが侵害される危険が必ず残る。だから絶対反対」と主張する。厳密に言うと、「個人情報の漏洩」と「プライバシー侵害」は同一の話ではないので、以下では個人情報の漏洩という表現を使う。

納税者番号に限定して議論を進める

 ここからは筆者の提案である。「納税者番号制度」に限って、その実現方法や利点欠点を議論してはどうか、というものだ。納税者番号をほかの業務に転用すれば、米国のようなサービスが可能になるが、いきなりその状況に持っていくのはなかなか難しい。

 納税者番号制度の狙いは、「税金を公平に徴収する」ことである。その趣旨に表立って反対する人はいないだろう。税制改革の 議論をする時に納税者番号制度を避けて通るのはおかしい。

 かつて我が国でも、納税者番号制度の導入がいったん決まった時があった。しかし83年、グリーンカードと呼ばれた納税者番号制度の導入は土壇場で打ち切られた。それ以来、納税者番号制度が表立って議論されることはなかった。

 ただし、ここへきて、納税者番号制度の導入を提唱せよ、という主張が出てきている。日本経済団体連合会は、2003年1月1日に発表した新ビジョン、「活力と魅力溢れる日本をめざして」の中で、納税者番号制度の導入を提唱した。このビジョンを述べた奥田碩・日本経団連会長の著書『人間を幸福にする経済』(PHP新書)においても、同様の主張が述べられている。

 日本経団連は新ビジョンにおいて、税制と社会保障制度を改革するグランドデザインとして、消費税率の段階的引き上げによる社会保障財源の安定化、納税者番号制度の導入による所得捕捉の徹底と法人税率の引き下げ、といった改革案を組み合わせて提案した。奥田会長は著書の中で「納税者番号制度を導入して所得捕捉を徹底すれば、所得税の前払いとしての法人税は二重課税となるとの議論もある」と述べている。ここから法人税を引き下げるという主張が出てくる。

制度を支えるシステムのたたき台を検討する

 奥田会長は著書や講演、雑誌への寄稿を通じて、「新ビジョンについて、消費税率の引き上げばかりが注目された」と述べている。確かに、新ビジョンで提示されたグランドデザインを踏まえたうえで各論を問うべきであろう。

 各論の1つとして、納税者番号制度を議論するに当たっては、制度の設計に加え、番号を処理するためのコンピューターシステムの構想をまとめる必要がある。ここで個人情報の漏洩を防ぐ仕掛けを検討しなければならない。もっとも、以前本欄で書いたように、「個人情報を絶対に漏らさない仕組み」は絶対に実現できない。トレードオフの考え方が重要である。

 議論のたたき台を作るために、金融とIT(情報技術)の専門家に、納税者番号制度がもたらす可能性と、その実現に不可欠なコンピューターシステムの検討課題をまとめてもらうことを思いついた。その記事見本を、筆者が開発している新雑誌の試作版に掲載した。その骨子は次の通りである。

  • 番号の必要性
  • コード体系
  • コンピューター技術の活用方法
  • 個人情報の保護方法
  • 他の公的番号との並存方法
  • 納税者番号の真贋判定手段
  • 導入のロードマップ

 関心のある方には、このウェブサイトから読者モニター登録をしていただければ、記事見本をお送りする。このたたき台を基に、納税者番号制度に賛成する方、反対する方を交えて活発な議論が交わされることを期待している。

試作版の登録は2003年12月22日(月)で終了いたしました
谷島 宣之=ビズテック局開発長