米IBMが、ビジネス・スタイルの変革を進めようとしている。同社が提唱する「eビジネス・オンデマンド」のコンセプトに基づき、自社からまずビジネスのありかたを変えようとしているのだ。ビジネス環境の変化に柔軟に対応、顧客やパートナーの要望をすばやく察知し、それに合わせたビジネスを展開できるような組織へと“進化”しようとしているのである。

 その現状について、変革の責任者であるDonniel Schulman氏(Vice President, Business Transformation, IBM on Demand)がBizTechに語った。Schulman氏は「IBMのような大きな組織になると、ビジネス・スタイルは一度にダイナミックに変えることは難しい。しかしできるところから徐々に進化させていく。そのためには経営トップによる強力な推進と、全社員の意識改革が不可欠」という。

 こうしたビジネス・スタイルの変革は、何もIBMに限ったことではない。IBMの動きは、どのような業種・業態にとっても着目してもいいものだろう。そこに次世代の経営手法を探る上での“鍵”が隠されているからだ。(聞き手は田中 一実=BizTech副編集長)

BizTech:まず、なぜここにきてIBM自身が「eビジネス・オンデマンド」を実践しなければならなくなったのか。その理由を聞かせて下さい。

Schulman:我々を取り巻くビジネス環境の変化が非常に急速に進んでいることが挙げられます。これはIBMだけでなく、我々の顧客やパートナー企業といったビジネスの相手にとっても同じです。これに対応し、市場に向かうためには、組織のありかたや、その動き方、情報の流れ方などを根本から見直さなければなりません。IBMは、まさにその点に着目し企業としての変革に乗り出したのです。

 これまでIBMが提唱した「eビジネス」という概念に基づき、我々はインターネットを介してのビジネスを積極的に展開し、インターネットというインフラにより企業間を接続してのビジネスが進められるようにしてきました。しかし現在、それだけでは市場の動きに対応して行けません。そこでIBMは、ビジネスのありかたについて再定義する新たな段階に入ったのです。

 ここで再定義したビジネスのありかたの基幹となるのが、「コア・ビジネスへの集中」です。自社の中核となる事業とは何かをもう一度洗い出し、それに集中できるような体制にすることです。そして自社以外でもできること、自社ではできないことはアウトソーシングをしたり、パートナー企業にまかせるようにします。つまり、「集中」と「選択」ですね。

 自社の中核となる事業に関しては、市場のニーズに合わせられるよう、どんな急速な変化にも対応できるように、組織を変えていくのです。このためIBMは、変革の柱となる4つの重要なキーワードを掲げています。

 それは、(1)柔軟性、(2)事業への注力、(3)変化への対応、そして(4)回復---です。最後の「回復」ですが、これは市場環境に応じて常にビジネスのやりかたをアップデートすることを指します。これらを実際のビジネスにインプリメントすることで、組織のありかたを変革して行くのです。

技術を駆使して組織を変革

BizTech:それでは、具体的に何を、どのように変えていこうとしているのでしょうか。

Schulman:いくつか挙げられます。ポイントとなる点は4つあります。サプライチェーンの統合、顧客ニーズを即座にビジネスに反映させられるような事業体制にすること、従業員の行動や思考パターンを変えること、加えてこれらを実現する上で技術を駆使することです。

 サプライチェーンの統合は、eビジネスの次に来るものです。これは10年前から始まっていますが、現在はそれをさらに強化しつつあります。そしてその先に来るのがオンデマンドなのです。

 オンデマンドのレベルまで達した実例として、米ニューヨーク州フィッシュキルで2002年に稼働を開始した半導体工場があります。ここは生産できるウエハー・サイズが300mmの半導体製造ラインを持ち、ハイエンドのプロセサを生産する最新鋭の工場です。ここでは設計から生産、出荷までの過程を全自動化しました。

 目指したのは「タッチレス」、すなわち人手を介さず、自律的に稼働する工場です。例えば、顧客や社内から生産スケジュールの変更が通知されたとしましょう。変更に関する情報はすべて電子的にやりとりされ、自動的に生産スケジュールと出荷スケジュールを調整・変更し、それを即座にビジネスに反映させます。

 これを我々は「タッチ・アンド・レスポンス」と呼んでいます。外部の変化に応じて、自律的に工場が挙動を変えるのです。これを実現したことで、サイクルタイムを大幅に短縮、同時にコストも大幅に削減することができました。

 この工場が成功したのは、先に挙げたサプライチェーンの統合や技術の駆使といった、オンデマンドを実現するためのポイントがすべて克服できたからです。

 こうしたことを半導体工場だけでなく、すべての製品やサービスに関しても実現していきたいと考えています。

BizTech:工場の自動化などは目に見えやすいし、手掛けやすい分野ですね。これが営業やコンサルティング、スタッフ部門といったように生産現場から遠くなればなるほど、オンデマンド化は難しくなるのではないでしょうか。

Schulman:確かにその通りです。でも、我々はそれをやらなければなりません。例えばコンサルティング部門ですと、顧客のニーズをコンサルタントが見通し、顧客が抱えるビジネス上の問題点の解決にはどのようなソフトウエアやサービスが必要になるかを判断しソリューションとして提案する---といった過程をオンデマンドでできるようにすることを目指しています。そのため我々はコンサルティングを初めとする非生産部門についてもビジネスの統合を進めており、オンデマンド化に近づけようとしているのです。

 その一環として、イントラネットのポータルを構築していることが挙げられます。まだオンデマンドの領域まで達していませんが、35万人の従業員がここにアクセスすることで、自分の必要とする情報を入手できるようにしているのです。現在プル型---すなわち必要な情報を従業員自身が入手しにいくところまでできており、さらにプッシュ型---従業員一人一人に対して必要とする情報をシステム側で送り出すところまで体制を進めつつあります。

 同じ職種でも必要とする情報は個人個人で異なります。それをシステム側で意図的に各従業員個人に宛てて流すようにするのです。さらにその次の段階として、各従業員の専門知識や役割、技能といったものを細かく定義し、そこに合致した情報をプッシュ型で提供できるようにすることを目指しています。

 このようにすることで、必要な情報が即座に入手でき、それを基に迅速な意志決定や行動がとれるようにして、組織全体としてオンデマンド化を進めていくのです。これが実現すれば、さまざまな部門で、環境の変化に柔軟に対応できるビジネス・スタイルが確立できると考えています。

トップの問題意識を全員で共有

BizTech:オンデマンドを実現した半導体工場の立ち上げはうまくいったとのことですが、問題や課題はなかったのですか。

Schulman:もちろんありました。まずは従業員の意識改革です。フィッシュキルの半導体工場は全自動の工場です。にも関わらず、工場の立ち上げ当初は、何かイレギュラーなことが発生すると、従業員が人手でそれを解決しようとしたことです。これまでの工場なら当たり前のことなのでしょうけれど、この工場では違います。そのような人間の行動を変えていくのに、この工場だけでも苦労しました。

 次に問題となったのが、従業員にビジネスの課題は何かを理解させることです。例えばフィッシュキルの工場を立ち上げるにしても、なぜオンデマンドの工場にしなければならないかを関係する全従業員に理解してもらわなければなりません。工場の場合ですと、300mmのラインを立ち上げることによって、どれだけの効果が上がるのか、を中心に説明し理解してもらいました。

 同じことが工場以外の業務でも言えます。「なぜ、その業務をオンデマンド化しなければならないか。オンデマンド化することで、どのような効果が上げられるのか」というビジネス上の問題を、従業員によく理解させなければなりません。そうでないと、本当の意味でオンデマンド化は実現できません。このことはこれから継続して全社で解決していかなければならない課題です。

 もう1つ、技術の統合、といった問題もあります。例えば工場のラインを作るにしても、必要となるすべてのものがオープンスタンダードになっているとは限りません。これは工場だけでなく、オンデマンド化を支える情報システムすべてについて言えることでしょう。この問題を解決し、さまざまな技術を統合して利用できる環境を持つことが、オンデマンド化を実現するための、ひとつの鍵と言えます。

BizTech:それらの問題解決の鍵となるポイントは?

Schulman:オンデマンド化しようとする業務にたずさわる従業員に、オンデマンド化以降のビジョンを明確に示すことです。そして、費用対効果を明示しなければなりません。さらにビジネスそのものがどのように変わるのかを提示することが必要でしょう。

 ただし、ダイナミックに、いきなり全従業員の意識を入れ替える、ということは不可能です。そのためには、日々従業員にオンデマンドのビジョンとメリットを説明し、徐々に意識改革をしていかなければなりません。

 それには経営トップの考え方が、きちんと従業員に伝わることが重要です。CEO(最高経営責任者)から、その下の経営幹部へ、さらにその下のマネジャへ、そして一般社員にいたるまで、トップの考え方を全社員に理解させなければなりません。そのためには、組織構造の変革も必要になるでしょう。さらに、ビジネスを進めていく上での責任の範囲を明確に再定義することも必要です。

 IBMではこれを実現するために、トップ・マネジメントのメンバーが参加するバーチャル組織を作っています。ここで経営トップの問題意識を共有するのです。さらに「オンデマンド・ボード」というバーチャル組織があり、ここにはシニア・マネジャが参加しています。ここでも経営トップの問題意識が、きちんと共有できるような体制にしているのです。

 1993年、IBMは全社の組織や業務体制を大きく見直しました。ビジネス環境の変化に対応していくためです。そしてちょうど現在、IBMは同じような状況に置かれているのです。組織全体の行動様式まで変革していかなければならないような状況なのです。オンデマンドの発想で事業を構築しなおす---そうした時期にIBMはさしかかっているのです。